※本記事はITmediaエンタープライズより許諾を得て掲載しています
転載元:ITmediaエンタープライズ
2021年1月27日掲載記事より転載
KDDIが企業のオープンイノベーションやDX実現の支援に本腰を入れる。オープンイノベーションを成功させる際、重要な役割を担うのがクラウドであり、クラウドインテグレーションの技術だ。KDDIはこの課題にどう取り組む考えなのか。
KDDIが顧客企業のオープンイノベーションの支援に本腰を入れる。キャリア大手としてのイメージが強い同社だが、2017年に国内クラウドインテグレーターの老舗の1社であるアイレットをグループに加え、2019年にはデータセンター事業者である米Rackspaceとの戦略的提携に向けた基本合意を発表した。
本稿はこの取り組みをリードするKDDIの中馬和彦氏(経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部長)とアイレット代表取締役社長の岩永充正氏にオープンイノベーションを仕掛ける意図を詳しく聞いた。
なぜ日本は第三次産業革命で世界的企業を輩出できなかったか
──いま、さまざまな企業がオープンイノベーションに関心を向けています。なぜ着目されるとお考えですか。
KDDI 中馬和彦氏(以下、中馬氏) 「なぜオープンイノベーションが重要か」は、産業革命の歴史を振り返ることで答えが見えてくるでしょう。通信の世界の場合、サービス提供を開始した5Gは「第四次産業革命」を支える技術とされています。では第一次から第三次の産業革命は何だったでしょうか。
第一次産業革命はよく知られる通り、蒸気機関などを使った機械工業の発明です。第二次産業革命は内燃機関や機械の発明です。日本からは松下電器産業(現パナソニック)やソニーといった電機/電器メーカーなどが登場して世界を席巻し、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と評されて研究対象にもなったことは記憶にある通りです。1990年代にはインターネットが本格的に社会に普及し始め、2000年代には世の中の全てを変えてしまいました。これが第三次産業革命です。
このとき、第二次産業革命で名をはせた時価総額ランキング上位の企業が衰退する一方で、GoogleやAmazon.comなど米国のIT企業がどんどん巨大化していきました。いまでは中国のAlibabaやTencentといった企業も登場しています。注目したいのは、この第三次産業革命で日本から世界的企業が生まれていないということです。
KDDI 中馬氏
そこで私は「なぜダメだったか」を考えてみました。GoogleはもともとWeb検索サービスの会社だったのに携帯電話を作ったり、無料の動画配信プラットフォーム(「YouTube」)を始めたりする。アマゾンもECの会社だと思っていたら、いまや「Amazon Web Services」(AWS)でパブリッククラウドサービスプロバイダーの先頭を走っています。これらの企業が覇権を握ったカギはM&Aにあります。彼らは自分たちの本業とは違うアセットをどんどん買って業績を伸ばしました。中国企業も同様です。このスピード感が第三次産業革命の勝者を決定付けました。
しかし、第四次産業革命は様相が変わります。いままでの革命は重層的で「足し算」でした。機械メーカーの次に電機メーカー、ネット企業が順に産業の中心を担った。しかし、第四次産業革命は足し算にはなりません。第四次産業革命は「第三次産業革命で生まれたインターネットの技術が全ての産業に入っていく」という性質のものです。クルマ×インターネット、農業×インターネット……というように、5Gによって全ての産業がアップデートされるという点がこれまでの産業革命と大きく違う点です。当然、既存の業界内のコラボレーションだけで「×インターネット」は実現しません。だからこそ、異業種の企業がコラボレーションで新しいサービスを生み出すオープンイノベーションが非常に重要です。
5G時代の産業革命はインターネットが全ての産業を再定義する
──中馬さんはオープンイノベーションにはクラウドの存在が欠かせないとおっしゃっていますね。
中馬氏 お互いがオンプレミス環境にリソースを抱える状況はコラボレーションの大きな障壁になります。企業間のコラボレーションは、まずやってみてダメだったら次、それでダメだったらその次、と速いテンポで回して素早く新しいものに取り組み、経験やノウハウも積んでいかなければ成果を得にくいものです。構想やリソースの用意に1~2年もの時間をかけるような時間軸で物事を進めていては間に合いません。
その点、クラウドなら全てのリソースがもう「そこ」にあります。クラウドシフトを進めた企業ならば、データもそこにある場合もあるでしょう。そうなれば、すぐにコラボレーションを進められます。
オープンイノベーション、DXとバズワードが先行している感がありますが、実は第四次産業革命の世界はシンプルな話で、「歴史上いろいろと登場してきた産業を、インターネットを加えてもう一度再定義する」ということです。
そこでは大企業だとか中小企業だとか、個人だとかいった垣根はありません。全ての人々がシンプルに新しい時代に取り組む時が来ています。もしかしたら、短期的に直接的な利益を回収するのが難しい事業もあるかもしれません。しかし、新しいフィールドが広がったり、新しいプレーヤーが生まれたり、結果的に今後デジタルエコノミーが広がっていくのは確実でしょう。
サーバレス&スクラム開発でスピードと柔軟性をより確かなものに
──AWSが日本法人を作る前から日本企業向けにAWSを使ったシステムインテグレーションを提供していたのがアイレット(cloudpack)です。第四次産業革命の要はクラウドであるとのお話がありましたが、クラウドをただ使うだけではイノベーションに結び付かない難しさがあるのではないでしょうか。
アイレット代表取締役社長 岩永充正氏(以下、岩永氏) われわれクラウドインテグレーターとしては、ただクラウドを「使う」というだけでなく「スピードや柔軟性をどう確保するか」という技術的な視点にも着目してほしいと思っています。
アイレット 岩永氏
スピードや柔軟性を確保するためのポイントの一つは、運用をサービス事業者に任せる「マネージドサービス」を使い倒すということです。中馬さんも触れたように、企業のクラウドシフトは始まっていますが、まだまだクラウドの中に自分たちの「リソースを確保する」という使い方が一般的です。しかし、AWSのマネージドサービスの中でも「サーバレスアーキテクチャ」を使えばリソースを確保することなく、必要なときだけコマンドを実行するといった使い方ができます。サーバレスの環境は短時間で立ち上げられるため、ビジネススピードを上げられますし、最適なコストで開発環境を構築できる点も、速いテンポで回すコラボレーションに向いています。
もう一つのポイントは開発手法です。われわれはシステムインテグレーションにアジャイル開発を進める際の手法の一つである「スクラム(SCRUM)」を採用しています。旧来型のウォーターフォール開発は、設計、開発、検証と一つずつフェーズを進んでいくため、システム全体が各フェーズをクリアしなければ次のフェーズに進めず、時間がかかり、現代的な市場のニーズに応えにくい点が欠点です。スクラムによるアジャイル開発は、実現したい部分から柔軟に開発し、検証しつつサービスを大きくしていく、というアプローチが可能です。2019年にKDDIと共同で戦略的提携を発表したRackspaceはアジリティの高いシステム開発やクラウド利用の知見を多数持つことで知られていますから、彼らの知見も取り入れていく考えです。
リソースや運用の心配がないサーバレスアーキテクチャとアジリティの高いスクラム開発を組み合わせることで、オープンイノベーションのスピードを速め、速いテンポでさまざまなチャレンジを実現する柔軟な開発が可能になるのです。
中馬氏 5Gの時代はいろいろな業界の人たちが産業を越えてコラボレーションをするという、正解のない道を進むことになりますから、スピードは重要になるでしょう。人より先にやらないと負けてしまうからです。いろいろなプレーヤーが市場に参入する世界は柔軟でなければ変化に対応できません。ビジネス開発とシステム、この両輪がいずれも柔軟さを備える必要があります。
複数のアジャイル開発の専門チームが実績を積む「スクラムオフィス」
──アイレットはサーバレス&スクラム開発はかなり実践されているのでしょうか。
岩永氏 もちろんです。例えば、QRコードを使ったスマホ決済サービス「au PAY」の開発においては、システムの中でも柔軟に開発する必要がある領域をアイレットが担当しています。スピーディーな立ち上げが必要な部分や極端なアクセス負荷対応が必要な部分、高いメンテナンス性が求められるところにはAWSのサーバレスアーキテクチャ「AWS Lambda」を採用しています。それ以外にもAWSのさまざまなマネージドサービスを組み合わせることでスピードと高い柔軟性を実現しました。
もう一つ、KDDIには「スマートドローンソリューション」があります。5Gの「高速、大容量、低遅延」という特長を最大限に生かしたサービスです。このプラットフォーム構築でも、アイレットはフライトプラン管理や遠隔監視制御といった機能の開発を担いました。
実はアイレットは2年前に虎ノ門のオフィスに「スクラムオフィス」を立ち上げています。ここにはスクラム開発専門のチームが何チームか在籍しています。その内の1チームがKDDIと組んでスクラム開発でプロジェクトを進めています。スクラム開発に特徴的な、短いサイクルで着手すべき項目を決定していく「スプリント計画」を週次で回し、スピードと柔軟性を重視した開発を実現しました。
中馬氏 ドローンのプロジェクトを経験して得られたものは、やってみて分かることが多いということです。事前に計画を立てていても、いざやってみると「あれにも使える」「これにも使える」とアイデアが生まれます。週次でスプリント計画を回して都度見直せる体制だったからこそ、当初気付かなかったアイデアを取り込み、優先度を組み替えていき、本当に必要な機能を研ぎ澄ましながら実装できたのです。
クラウドの使い方にもこうした「やってみて分かる」ことが多いと感じます。クラウドの黎明期は一過性のリソース対策に一時的に使うという扱いがほとんどでした。しかし、いまやクラウドは経営のスピードを上げる、パートナーシップを組みやすくするために使うものにその性質が変わっています。クラウドの採用は経営戦略そのものになりつつあります。この状況に素早く対応して成長することが肝要です。こうした変化に対応するには、必要があれば技術をパートナーから調達したり、外部のサービスを利用したりする柔軟さが必要です。
5G後の世界にまだ勝者はいない、カギはオープンイノベーションの基礎をどう調達するかにある
──オープンイノベーション時代を生きる企業の皆さんにメッセージをお願いします。
中馬氏 第四次産業革命という新しい時代が来ます。これから始まるものですから、まだ誰も勝者ではありません。リアルの世界がクラウドにつながり、全ての産業がアップデートされていきます。日本は製造業を始めとした「リアルのビジネス」に非常に強い。街は成熟していて、文化水準も高いのですから、新興国とは違う戦い方ができます。リアルとデジタルが融合する新しい時代は、「日本にはチャンスしかない、日本にとても向いている」と私は思っているんですよね。もう一回「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたいじゃないですか。だからこそ、KDDIとアイレットは皆さんを応援しています。
岩永氏 中馬さんがおっしゃるように、あらゆる産業にインターネットが入っていく時代が目前に迫っています。必要なのは時代のニーズに寄り添う道具や方法をうまく調達することです。オープンイノベーションに必要なのはスピードと柔軟性です。われわれはクラウドの力を最大限に引き出し、5Gのさまざまなソリューションを持つKDDIとともに技術で解決への道を探ります。企業規模や課題の大小に関わらず、まず、オープンイノベーションの世界に足を踏み出してみてください。
──ありがとうございました。
取材後の中馬氏と岩永氏。5G後の日本企業のビジネス開発を支援するオープンイノベーション推進を、グループの強みを生かして全方位で支援するという