はじめに
はじめまして、 MSP江崎です。本日より、全15回にわたる新たな連載『クラウド都市の設計思想』を始めます。
この連載は、日々の運用課題を解決する単なるTips集ではありません。 ITILという普遍的な原則を礎に、AWSという強力なプラットフォーム上で、いかにして持続可能で価値ある『デジタル都市』を築き上げるか。その設計思想そのものを、皆さんと共有していく物語です。
記念すべき第一歩として、本日はすべての起点となる問い「なぜ、AWS運用は“カオス”に陥ってしまうのか」を深掘りします。無秩序に広がる土地に、いきなり壮麗なビルは建てられません。まずは我々が立つその場所を正しく理解し、問題の根源を明らかにすることから、この壮大な都市設計を始めましょう。
この記事でわかること
- 多くの企業がAWS導入後にぶつかる「便利だけど、管理が大変」という悩み。
- コスト、セキュリティ、人手不足など、IT部門を疲れさせてしまう、よくある5つの「落とし穴」。
- なぜ、今までの運用代行(MSP)では、この「カオス」な状況を解決しきれないのか。
はじめに:理想の都市建設のはじまり
「サーバー調達に数週間?そんな時代はもう終わり。AWSなら、新しいビル(サービス)を数分で建てられる」
数年前、私たちはそんな期待を胸に、AWSという土地で新しい都市開発を始めました。物理サーバーという制約から解放され、ビジネスはスピードアップし、新しい挑戦もできる。AWSは、まさに理想の都市を築くための、夢の土地に見えました。
しかし、数年が経った今、あなたの都市の光景は、どのようなものでしょうか。
- 「深夜2時、都市のあちこちで火災報知器(アラート)が鳴り響く。またか…とため息をつきながらPCを開く…」
- 「先月の土地代+光熱費(AWS請求額)を見て、『想定の1.5倍…?』と青ざめる。どう説明しよう…」
- 「開発チームは斬新な建物をどんどん建てたがるけど、インフラや警備体制(運用やセキュリティ)の整備が全然追いつかない!」
その気持ち、痛いほどわかります。便利になるはずだったAWSが、いつの間にか無計画な建て増しが続いた、誰も全体を把握できない、複雑で「カオス」な都市になっていませんか?ワクワクしながら始めたはずが、いつしか終わりの見えない問題処理に追われている。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか? これは決して、あなただけの悩みではありません。これは、今の時代、クラウドを使う多くの企業が直面している、共通の課題なのです。
なぜ、理想の都市だったはずが「カオス」になったのか?
この問題の正体は、一言でいえば「便利さの裏返し」です。AWSという土地は、あまりにも簡単に、速く、いろんな建物を建てられてしまう。その結果、便利になればなるほど、管理すべき建物や道路が爆発的に増えて、都市の維持管理が逆に大変になってしまうのです。
この「便利さの裏返し」は、日々の運用現場に、よくある5つの「落とし穴」を生み出します。
落とし穴1:「いつの間にか高額な固定資産税」の恐怖
使った分だけ支払う、というのは合理的ですが、コスト管理の悪夢の始まりでもあります。開発者が実験用に建てたまま放置していた超高層ビル。気づけば大量に溜まっていた資材(データ)。ある日突然送られてきた高額な請求書を前に、「一体どこにこんなコストがかかったんだ?」と頭を抱えるのです。
落とし穴2:「鍵のかけ忘れが命取り」のプレッシャー
クラウドでは、たった一つのドアの鍵のかけ忘れ(設定ミス)が、都市の信用を揺るがす大事件に繋がりかねません。「あの倉庫(S3バケット)の扉、本当に施錠されてるよな…?」そんな小さな不安が、常に頭の片隅から離れない。専門家も「クラウドの情報漏洩のほとんどは、利用者の設定ミスが原因」と指摘しており、そのプレッシャーは計り知れません。
落とし穴3:「専門の建築家や警備員が足りない」問題
AWSの建築技術は、毎日のように増え、進化していきます。コンテナ、サーバーレス、AI…とても一人ですべての技術を習得するのは不可能です。高度な知識を持つ技術者は引く手あまたで、採用も難しい。結果として、少ない人数で複雑化した都市を管理しなければならず、現場はどんどん疲弊していきます。
落とし穴4:「インフラは止められない」という重圧
今のビジネスは、都市の電気や水道(システム)が止まれば即、売上の損失と住民(顧客)からの信頼低下に繋がります。しかし、複雑に絡み合ったインフラのどこか一つが不調になれば、予期せぬ大規模停電に発展することも。障害対応は、もはや単なる技術的な作業ではなく、都市の経済そのものを背負う、重圧のかかるミッションなのです。
落とし穴5:「建築家 vs 住民」の見えない壁
「建築家(開発チーム)は、もっと速く新しい建物を建てたい」「住民や管理人(運用チーム)は、とにかく安全で安定した都市にしたい」。この二つの思いは、どちらも正しいからこそ、時にぶつかり合います。お互いの状況がよく見えないまま、いつしか両者の間には見えない壁ができてしまい、新しい建築許可は慎重になりすぎ、都市の発展スピードが落ちてしまうのです。
パートナー選びの基準:「火消し」か、未来の「都市設計」か。
これらの深刻な課題に対し、多くの企業は外部の専門家、つまりMSP(Managed Service Provider)に協力を依頼します。しかし、ここでパートナーシップのあり方を一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
これまでのMSPの多くは、問題が起きてから駆けつける、いわば都市の「消防士」のような役割に留まります。火事(アラート)が起きれば消火し、依頼された建物を建てる。しかし、それは「その場しのぎ」の対応です。なぜ火事が何度も起きるのか、その根本原因を探り、二度と火事が起きないような燃えにくい都市の「仕組み」を設計することまでは、なかなか手伝ってくれません。
考えてみてください。都市のあちこちで起きる火事をただ消し続けるだけの人に、あなたの会社の未来を任せられるでしょうか?
私たちが今、本当に必要と考えるのは、単なる消防士ではありません。 未来の都市計画を描き、どこにどんな道を通せば渋滞が起きず、どうすればもっと安全で発展する都市になるかを考え、都市そのものをより良くデザインしていく「都市計画家」のような存在です。
それは、問題が起きてから動くのではなく、データを使って問題が起きる前に手を打ち、継続的に都市を良くしていく。そんな頼れるパートナーです。それこそが、私たちが目指すべき「次世代MSP」の姿なのです。
まとめ:運用を楽にする「新しい考え方」を。
もし、あなたが日々のAWS運用に追われ、「カオス」の中で困っているのなら、安心してください。その状況は、正しい「考え方」と「やり方」を知れば、必ず抜け出せます。
このブログ連載は、単なるAWSの技術Tips集ではありません。 このカオスな状況を整理し、AWSという強力なツールを、真のビジネス価値に変えるための、クラウド運用の「考え方」そのものをアップデートしていく物語です。
さあ、もっと価値を生むための、新しい一歩を一緒に踏み出しましょう。
次回予告
新しい都市開発には、その土台となる新しい「設計思想」が必要です。しかし、その鍵が、多くの人が「堅苦しい建築基準法」だと思っている『ITIL 4』にあるとしたら、驚くでしょうか?
次回は、その誤解を解き明かします。クラウド運用における最先端の考え方と、ITILとの意外な関係とは?
【Vol.2】ITILはクラウド運用の「標準OS」。AWS公式が示す、その深い関係性 にご期待ください。
クラウド運用に関するお悩みや、これからのパートナーシップのあり方にご興味をお持ちでしたら、どうぞお気軽にお声がけください。あなたのビジネスが直面している課題について、ぜひお聞かせいただけませんか。