前回のあらすじ
【連載第2回】ITILは古い?いいえ、AWSクラウド運用の”標準OS”です。
MSP江崎です。前回、私たちは「ITILは古い」という誤解を解き、それがAWSのベストプラクティスと見事に響き合う、現代クラウドのための「思考のOS」であることを確認しました。
- 都市計画(AWS CAF): ビジネスゴールという、都市が目指す未来像。
- 自治体の運営ルール(ITIL 4): 価値あるサービスを届けるための、組織全体の仕組み。
- 建築基準法(AWS Well-Architected): 個々の建物を安全かつ効率的に建てるための技術基準。
この三位一体の「設計図」こそが、カオスな都市を、価値を生み出す理想の都市へと変える鍵です。しかし、どんなに優れた設計図があっても、それだけでは都市は完成しません。最も重要な問いが、まだ残されています。
「その設計図を、あなたは誰と読み解き、形にしていきますか?」
この記事でわかること
- 言われたことだけをこなす「サポーター」と、未来を共に創る「戦略的パートナー」の決定的な違い。
- あなたのパートナーがどちらのタイプかを見極めるための、本質を突く「5つの質問」。
- なぜ、このパートナー選びが、あなたのビジネスの未来を左右するほど重要なのか。
あなたの隣にいるのは、「作業者」か、「建築家」か?
設計図を手に、あなたは今、建設会社の前に立っています。 一社はこう言います。「どんなご指示でも、その通りに作業します。レンガを積むのも、壁を塗るのもお任せください。実作業なら誰にも負けません」。 とても誠実で、頼もしい「サポーター」です。
もう一社はこう問いかけます。「素晴らしい設計図ですね。この都市で、人々はどのような暮らしを実現したいのでしょうか? その未来のために、この設計図のポテンシャルを最大限に引き出す建材や工法があります。一緒に考えさせてください」。 これは、あなたのビジョンを成功に導く「戦略的パートナー」です。
深夜2時のアラート対応、依頼されたサーバー構築、定例会での報告。あなたのMSPは、日々の「作業」をきちんとこなしているかもしれません。しかし、心の中でこんな風に感じたことはありませんか?
「なぜ、いつも問題が起きてから対処するんだろう…」 「もっと私たちのビジネスを理解して、提案してくれてもいいのに…」 「このままで、本当にクラウドの価値を最大限に引き出せているのだろうか…?」
その小さな違和感こそが、あなたの隣にいるのが「サポーター」か、それとも「戦略的パートナー」かを見極めるべきサインなのです。
パートナーシップを測る「5つの質問」
もしあなたが、今のパートナーシップに少しでも疑問を感じるなら、あるいは新しいパートナーを探しているなら、次の5つの質問を投げかけてみてください。その答えが、彼らの本質を映し出す鏡となるはずです。
質問1:「障害が起きた時、あなたの本当の仕事は何ですか?」
- サポーターの答え
- 「SLA(サービスレベル合意)に基づき、15分以内に一次対応を行い、迅速な復旧を目指します。そして、障害報告書を提出します」
- 戦略的パートナーの答え
- 「迅速な復旧は当然の責務です。私たちの本当の仕事は、その後に始まります。ITILの問題管理プロセスに則り、トヨタ生産方式に由来する『なぜなぜ分析』を徹底的に実施し、根本原因を深く追求します。そして、AWS Well-Architectedの信頼性の柱に基づき、同じ障害が二度と起こらないためのアーキテクチャ改善や自動復旧の仕組みを提案し、実現まで伴走することです」
質問2:「この新機能を、この構成で構築してください」と依頼したら?
- サポーターの答え
- 「承知いたしました。手順書をご共有いただければ、その通りに構築します」
- 戦略的パートナーの答え
- 「承知いたしました。その前に、この機能で達成したいビジネスゴールを教えていただけますか? ゴールによっては、ご提示の構成よりコスト効率やパフォーマンスに優れた別のAWSサービスがあるかもしれません。ITILの変更実現プロセスに沿って、リスクを管理しつつ、ビジネス価値が最大化されるアーキテクチャを共に設計させてください」
- 出典:パフォーマンス効率の柱 – AWS Well-Architected フレームワーク
質問3:「AWSのコストが予算をオーバーしそうです。どうすれば?」
- サポーターの答え
- 「コスト削減ツールを実行し、停止可能なインスタンスのリストを提出します。また、RI/Savings Plansの推奨も可能です」
- 戦略的パートナーの答え
- 「ツールの実行は応急処置にすぎません。本当の問題は、コスト意識が組織に根付いていないことです。FinOpsの文化醸成を支援します。AWSのコスト配分タグを整備し、事業部門ごとのコストを可視化。AWS Budgetsと連携させ、各チームが自律的にコストを管理できる仕組みと文化を一緒に作りましょう」
質問4:「あなたの仕事の成果を、どうやって示してくれますか?」
- サポーターの答え
- 「毎月の定例会で、サーバーの稼働率、CPU使用率、チケットの対応件数といった技術的なKPI(主要業績評価指標)を報告します」
- 戦略的パートナーの答え
- 「技術的なKPIは、あくまで前提です。私たちが重視するのは、ビジネス価値に貢献できたかという視点です。例えば、『インフラ改善によってWebサイトの表示速度が0.2秒短縮され、コンバージョン率が3%向上した』『自動化によって、御社の開発チームが本来の価値創造に使える時間が増えた』といった、ビジネスの言葉で成果を報告します」
- 出典:ビジネスのパースペクティブ: 戦略と成果
質問5:「私たちのビジネスの、来年のために何をしてくれますか?」
- サポーターの答え
- 「AWSの最新情報をキャッチアップし、お使いのEC2インスタンスを最新世代にアップグレードすることなどを提案します」
- 戦略的パートナーの答え
- 「御社の来期の中期経営計画をぜひお聞かせください。その目標達成のために、クラウドをどう活用できるか、未来のIT戦略を共に描きます。例えば、新規事業のためにサーバーレスアーキテクチャを導入して市場投入までの時間を短縮する、といったロードマップを提示し、その実現を能動的に支援します」
- 出典:ビジネスのパースペクティブ: 戦略と成果
- 出典:クラウドエコノミクスセンター AWS の価値を理解し、最適化する
まとめ:パートナーシップは、未来への投資である
もうお分かりでしょう。サポーターは「依頼された作業」に応えます。戦略的パートナーは「あなたのビジネスの成功」に応えようとします。
クラウドという強力なエンジンを、ただ動かすだけのオペレーターを雇うのか。それとも、目的地まで最短・最速で導いてくれる、優秀なナビゲーターを隣に乗せるのか。この選択は、もはや単なる業者選定ではありません。それは、あなたの会社の未来を決める、極めて重要な経営判断なのです。
あなたの隣を走るパートナーは、本当にあなたの目指す未来を見てくれていますか? 今こそ、その関係性を見つめ直す時です。
次回予告
戦略的パートナーが持つべき「思考」は明確になりました。しかし、その素晴らしい理念は、どうすれば日々の運用の中で、継続的に価値を生み出す「仕組み」に落とし込めるのでしょうか?それは、個人のスーパープレイに依存するものであってはなりません。
次回はその問いに答えるべく、ITIL 4のまさに心臓部とも言える「サービス・バリュー・システム(SVS)」の設計図を紐解きます。これは、ビジネスの「機会」や「需要」を、具体的な「価値」へと変換し続ける、いわば“価値創造エンジン”です。
さらに、この設計思想をAWS Control TowerやAWS Service Catalogといった具体的なサービス群でどう組み立てるのか。その壮大な構想を明らかにします。これこそが、今回提示した「5つの質問」に対する、戦略的パートナーからの究極の答えなのです。
【連載第4回】ITILの心臓部「SVS」をAWSで動かすための設計図 にご期待ください。
過去の連載はこちら
これまでのバックナンバーを見逃した方は、こちらからご覧いただけます。
- 【連載第1回】AWS 運用、気づけば“カオス”に?その原因、探ります。
- 便利になるはずのAWSが、なぜか複雑で管理不能な状態に陥ってしまう…。多くの企業が直面する「カオスの都市」問題の根本原因を解き明かします。
- 【連載第2回】ITILは古い?いいえ、AWSクラウド運用の”標準OS”です。
- 「古い」「堅苦しい」と思われがちなITILが、実はAWS Well-Architectedと深く連携する現代クラウドのための「思考のOS」であることを、AWS公式の見解を交えて解説します。
クラウド運用に関するお悩みや、これからのパートナーシップのあり方にご興味をお持ちでしたら、どうぞお気軽にお声がけください。あなたのビジネスが直面している課題について、ぜひお聞かせいただけませんか。