前回のあらすじ
【連載第3回】 あなたのMSPは「サポーター」? それとも「戦略的パートナー」?
前回、私たちはクラウド都市開発のパートナーが、単なる「作業員(サポーター)」なのか、未来を共に描く「都市設計家(戦略的パートナー)」なのかを見極める「5つの質問」について考えました。
そして、真のパートナーは、目先の建設作業をこなすだけでなく、都市全体の成功にコミットする存在であることを確認しました。しかし、ここで新たな問いが生まれます。優れた都市設計家は、一体「どのようにして」その高度な価値を提供するのでしょうか?その答えは、個人のスーパープレイに依存しない「仕組み」にあります。
この記事でわかること
- 前回の「戦略的パートナー」が、なぜ場当たり的な対応ではなく、継続的な価値を提供できるのか、その秘密。
- 市民の要望を価値ある公共サービスへと変換する、都市運営の中核「サービス・バリュー・システム(SVS)」。
- SVSという抽象的な設計思想を、AWS Control TowerやService Catalogといったサービス群でどう具現化するのか。
- この仕組みこそが、前回の「5つの質問」に対する究極の答えである理由。
最高の都市設計家は、最高の「都市計画システム」を持つ
真の戦略的パートナー(都市設計家)は、個人の手腕だけに頼るのではありません。彼らは、価値ある都市を継続的に発展させるための「仕組み(システム)」を、あなた(市長、あるいは市政のリーダー)と共に構築し、運用するのです。
彼らは、依頼された建物を一つひとつ手作業で建てるのではなく、都市全体の条例や建築基準法を整備し、標準化されたインフラ供給プロセスを確立し、品質と安全を徹底管理する「最先端の都市計画システム」そのものを持ち込もうとします。
今回ご紹介するITIL® 4の心臓部「サービス・バリュー・システム(SVS)」こそ、まさにその「価値創造の仕組み」の設計思想です。そして、この抽象的な設計思想をAWSのサービス群で具現化した「クラウド都市の中枢システム」こそが、あなたの都市の発展を司る原動力であり、前回の5つの質問に対する、揺るぎない答えとなるのです。
「場当たり的な建築」から「持続可能な都市の成長サイクル」へ
ITIL® 4 が定義するSVSを難しく考える必要はありません。これは、「市民からの要望やビジネス機会」を、価値ある公共サービスや施設へと変換するための一連の仕組みです。個別で依頼される建築をその都度行うのではなく、洗練された都市運営のサイクルそのものだと考えてください。
- インプット(要望): 需要(例:「子育て世代のために、新しい公園がすぐに欲しい」
- 中枢システム(市政OS): SVS(要望を価値に変換する一連の活動)
- アウトプット(価値): 価値(例:「安全で魅力的な公園が提供され、住民の満足度が向上し、都市の価値が上がった」)
「サポーター」は、このプロセスを毎回、場当たり的な手作業で行います。一方、「戦略的パートナー」は、このプロセス全体を自動化・最適化された市政サイクルとして構築しようと考えます。このアプローチの違いが、提供価値に決定的な差を生むのです。
戦略的パートナーが構築する「クラウド都市の中枢システム」
それでは、このSVSという市政サイクルを、具体的なAWSサービスでどう組み立てるかの設計構想(To-Beモデル)を見ていきましょう。これこそが、戦略的パートナーがあなたに提示する「未来の都市設計図」です。
1. 都市の憲法と条例(ガバナンス):AWS Control Tower
戦略的パートナーは、まず「統制の取れた都市」の土台を築きます。AWS Control Tower
は、都市全体のルール(条例)と安全基準(建築基準法)を定義し、徹底させる「都市全体のガバナンス基盤」です。
- 役割: これから建設される全てのインフラや施設が、一定の品質と安全基準を自動的に満たすための「ガードレール」を設定します。
- パートナーの視点: 個々の建設作業でミスをしないよう『注意します』という精神論ではありません。そもそも違反建築が不可能な条例を
Control Tower
で最初に定め、安全な都市開発を加速させます」
2. 市民サービスの申請窓口(需要):AWS Service Catalog
市民からの「〇〇が欲しい」という多様な要望を、標準化された窓口で受け付けます。AWS Service Catalog
は、承認済みの公共サービスだけを提供するための「公式な行政サービス窓口」です。
- 役割: 市民や職員が、専門知識なしに、安全なITサービスをセルフサービスで利用できるようにします。
- パートナーの視点: 「『この施設を建ててください』というご依頼を待つのではなく、『都市の発展に貢献する、承認済みで最適化された標準建築プラン』をカタログとしてご用意します。これにより、開発スピードとガバナンスを両立できます」
3. 標準化された公共事業プロセス(価値の連鎖):AWS CloudFormation, AWS Systems Manager
Service Catalogで受け付けた申請は、この標準化されたプロセスを経て、価値ある公共サービスへと具現化されます。ここが市政OSの中核です。
- 役割: インフラの構築から設定、運営までを「設計図(コード)」として定義し、公共事業を自動実行します。
- パートナーの視点: 「手作業による建設は、品質のブレと時間の浪費を生みます。私たちはCloudFormationでインフラを設計図化し、Systems Managerで維持管理を自動化することで、迅速で、何度でも同じ品質を再現できる公共事業プロセスを提供します」
4. 会計監査と市政評価(改善):AWS Config, AWS Security Hub
優れた都市は、施設を建設して終わりにしません。常にその状態を監査し、改善のための評価データを集め続けます。
- 役割: 建設された施設が条例や建築基準法に準拠しているかを継続的に監査し、改善点を洗い出します。
- パートナーの視点: 「事故報告書を提出するのが私たちの仕事ではありません。
AWS Config
やSecurity Hub
で常時インフラを監査し、条例違反に繋がりうる逸脱をプロアクティブに検知・報告し、再発しない仕組みへとフィードバックすること。それが私たちの責務です」
あの「5つの質問」への最終回答
この「クラウド都市の中枢システム」こそが、前回私たちが問いかけた「5つの質問」に対する、戦略的パートナーからの具体的な回答なのです。
Q1: 事故が起きた時の本当の仕事は?
- A: 迅速な復旧は当然です。私たちの本当の仕事は、
Security Hub
やAWS Config
による監査結果を元に、二度と同じ問題を起こさないようService Catalog
の標準建築プラン自体を改訂し続けることです。
Q2: この構成で施設を建てて、と依頼したら?
- A: もちろん対応します。その前に「その目的なら、こちらの
Service Catalog
の標準プランが最適です」と提案します。なぜなら、そのプランは既に安全性、コスト、性能が最適化された承認済みのものだからです。
Q3: 予算がオーバーしそうです。どうすれば?
- A:
Control Tower
の条例と、コストタグが標準で付与されたService Catalog
プランにより、予算は建設開始時点から可視化・統制されています。応急処置ではなく、財政を予見できる仕組みで貢献します。
Q4: 仕事の成果をどう示してくれますか?
- A: チケット数や稼働率ではありません。このシステムによって「新規施設の建設期間が数週間から数時間に短縮された」といった、あなたの都市の発展スピード向上にどれだけ貢献できたかで成果を示します。
Q5: 私たちの都市の、来年のために何をしてくれますか?
- A: このSVSという拡張性の高い市政OSの上で、あなたの都市の次期総合計画に合わせた新しい市民サービス(新しい
Service Catalog
プランなど)を共に開発し、未来の都市基盤を構築します。
まとめ:パートナーとは、エンジンを共に創る仲間である
もはやお分かりいただけたでしょう。戦略的パートナーとは、単にあなたの建設作業を代行する存在ではありません。あなたの都市が目指すゴールを達成するための「価値創造の中枢システム」を、AWSというプラットフォーム上で共に設計し、構築し、改善し続けていく仲間なのです。
次回予告
価値を創造するための壮大な「都市設計図」を手に入れた私たち。次回は、この都市の「防災・危機管理能力」に焦点を当てていきます。
最初のテーマは、都市運営とは切っても切れない「インシデント管理」です。なぜ、あなたのチームの障害対応は、いつまでも「モグラ叩き」で終わってしまうのか? そのループから抜け出すための、ITIL 4に基づいたインシデント管理プロセスの再設計に迫ります。
【連載第5回】もう「モグラ叩き」は終わり。AWSで実現する“自律型”インシデント管理術
過去の連載はこちら
これまでのバックナンバーを見逃した方は、こちらからご覧いただけます。
- 【連載第1回】AWSという都市は、なぜ“カオス”と化すのか?
- 便利になるはずのAWSが、なぜか複雑で管理不能な状態に陥ってしまう…。多くの企業が直面する「カオスの都市」問題の根本原因を解き明かします。
- 【連載第2回】ITILはクラウド運用の「標準OS」。AWS公式が示す、その深い関係性
- 「古い」「堅苦しい」と思われがちなITILが、実はAWS Well-Architectedと深く連携する現代クラウドのための「思考のOS」であることを、AWS公式の見解を交えて解説します。
- 【連載第3回】あなたのMSPは「サポーター」? それとも「戦略的パートナー」? 未来を共創する関係性の見極め方
- 言われたことだけをこなす「サポーター」と、ビジネスの成功まで共に走る「戦略的パートナー」。あなたのパートナーがどちらのタイプかを見極めるための、本質を突く「5つの質問」を提示します。
クラウド運用に関するお悩みや、これからのパートナーシップのあり方にご興味をお持ちでしたら、どうぞお気軽にお声がけください。あなたのビジネスが直面している課題について、ぜひお聞かせいただけませんか。