前回のあらすじ
【連載第1回】AWS 運用、気づけば“カオス”に?その原因、探ります。
MSP江崎です。前回の記事では、AWS運用がいつの間にか複雑化してしまう「カオスな都市」問題を取り上げ、そこから抜け出すためには、場当たり的な対応ではなく、しっかりとした「設計思想」が必要だとお話ししました。
そのヒントとして、私は『ITIL』を挙げました。正直なところ、「ITILとAWS?」と、少し意外に感じた方も多いかもしれません。調べていくうちに、私自身も驚くほど、この二つの間には深く、そして意図的な繋がりがあることがわかってきました。今回はその興味深い関係性を、皆さんと一緒に見ていきたいと思います。
この記事でわかること
- 多くの人が持つITILへの「少し堅苦しいかも」というイメージと、その現代的な役割。
- AWSの公式ベストプラクティス「Well-Architected Framework」とITILの考え方が、実は同じゴールを目指しているという事実。
- この2つのフレームワークを繋ぐ、AWS自身の公式ドキュメントに記された考え方の存在
クラウド活用の「役割分担」を整理してみよう
ITILとAWS Well-Architectedの関係を理解するために、一つ便利な整理方法があります。それは、クラウド活用を「都市運営」に例えて、それぞれのフレームワークがどんな役割を担っているかを見てみることです。この整理は、AWSが提唱するより大きな枠組みの中に位置づけることで、非常にクリアになります。
- AWS Cloud Adoption Framework (CAF)
- 都市全体の大きなビジョンや方針を決める「都市計画」。ビジネスゴールとクラウド活用をどう結びつけるか、という最上位の戦略を担います。
- 出典:AWS Whitepaper, “Aligning to the AWS Cloud Adoption Framework and ITIL”
- ITIL 4
- 日々の行政サービスを円滑に進めるための「自治体の運営ルール」。どうすれば価値あるサービスを効率よく、安定して住民に届けられるか、という組織全体の仕組み(プロセス)を定めます。
- 出典:AXELOS, “ITIL® Foundation: ITIL 4 Edition” (2019)
- AWS Well-Architected Framework
- 個々の建物を建てるときの品質や安全性を担保する「建築基準法」。一つひとつのシステムが、安全で、効率的で、壊れにくい設計になっているかをチェックするための技術的な基準です。
- 出典:AWS Whitepaper, “Aligning to the AWS Cloud Adoption Framework and ITIL”
このように、戦略(CAF)、プロセス(ITIL)、技術(Well-Architected)は、それぞれが大切な役割を持っており、三つがうまく連携することで、クラウドという都市は初めて健全に発展していくことができるのです。
同じ想い:ITILの原則とAWSの設計思想
では、なぜこのモデルがうまく機能するのでしょうか。それは、「運営ルール(ITIL)」と「建築基準法(Well-Architected)」の根底に流れる考え方、つまり「魂」がとてもよく似ているからです。
ITIL 4では、プロセスよりも「どのように考え、なぜそのように行動するのか」という7つの指導原則が重視されます。これが、AWS Well-Architected Frameworkの具体的な「設計原則」と見事に響き合っているのです。
ITIL 4 の指導原則 | 主なAWS柱との関係性 | 実践シーンでの繋がり |
価値に注目する | コスト最適化
パフォーマンス効率 |
例: 「この技術は本当にビジネスの価値に繋がるか?」を常に考える。RDSのようなマネージドサービスを使い、管理の手間を減らして、価値を生む作業に集中する。 |
現状から始める | 運用上の優秀性
コスト最適化 |
例: 既存システムをいきなり全て作り直すのではなく、まずは現状の構成を評価。AWS Application Migration Serviceでそのまま移行し、安定稼働を確認してから段階的に改善を進める。 |
フィードバックと共に
反復的に進捗する |
運用上の優秀性
信頼性 |
例: 一度に大きな変更はせず、CI/CDパイプラインで小さな変更を繰り返す。もし問題があってもすぐ元に戻せるため、安全に改善を進められる。 |
協調して可視性を高める | 運用上の優秀性
セキュリティ |
例: 開発と運用チームが同じCloudWatchダッシュボードを見る。システムの状況を誰もが同じように把握できるため、問題解決がスムーズになる。 |
包括的に考え、作業する | 信頼性
セキュリティ |
例: APIの遅延調査で、該当サーバーだけでなくAWS X-Rayでリクエスト全体を可視化。真のボトルネックが実はDBにあった、というようにシステム全体で原因を特定する。 |
シンプルかつ実践的にする | コスト最適化
パフォーマンス効率 |
例: 複雑なEC2構成より、Lambdaのようなシンプルなサーバーレス構成を選ぶ。管理しやすく、本質的な機能開発に集中できる。 |
最適化し、自動化する | 運用上の優秀性
信頼性 コスト最適化 |
例: Auto Scalingを設定し、アクセス数に応じてサーバーを自動で増減させる。人の手を介さずに、いつでも最適なパフォーマンスとコストを維持する。 |
このように具体的な実践シーンを当てはめて見ていくと、両者が単に似ているのではなく、「優れたサービスを継続的に提供する」という同じゴールに向かって、それぞれ進化してきたことがご理解いただけるのではないでしょうか。
公式な裏付け:AWS自身が認める連携の価値
「なるほど、考え方が似ているのはわかった。でも、それは誰かがそう解釈しているだけでは?」と思うかもしれません。
実は、そうではないのです。先ほどの「都市計画」で紹介したAWS Cloud Adoption Framework (CAF)に関するAWS公式のホワイトペーパーの中で、ITILとCAFは互換性があると、はっきりと述べられています(出典:AWS Whitepaper, “Aligning to the AWS Cloud Adoption Framework and ITIL”)
同資料では、ITIL 4が「クラウドにおける能力を定義し、成熟させるための強固な基盤を提供する」と評価されており、私の分析が単なる解釈ではなく、AWS自身がその連携価値を公式に認めていることを示す、強力な裏付けとなっています。
まとめ:新しい常識で、一歩先へ
もし、あなたが日々のAWS運用の中で少しでもやりにくさを感じているなら、それは技術的な問題だけでなく、組織全体の「運営ルール」を見直す良い機会かもしれません。
ITILは、堅苦しい昔のルールブックではありません。それは、AWSが公式に連携の価値を認める、現代クラウドのための「思考のOS」なのです。この新しい視点を持つことが、日々の運用をよりスムーズにし、あなたのチームが本来の価値創造に集中するための、大きな一歩となるはずです。
次回予告
さて、優れた都市計画(CAF)、最新の運営ルール(ITIL)、そして世界標準の建築基準法(Well-Architected)という、理想の都市を築くための設計図が手に入りました。
しかし、どんなに素晴らしい設計図があっても、それを誰と、どのように形にしていくかが重要です。
あなたのパートナーは、この設計図を深く理解し、共に未来を築く「戦略的パートナー」でしょうか? それとも、言われた作業をこなす「サポーター」でしょうか?
次回は、これからの時代に求められるパートナーシップのあり方について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
【連載第3回】あなたのMSPは「サポーター」か、 それとも「戦略的パートナー」? 未来を共創する関係性の見極め方 にご期待ください。
過去の連載はこちら
これまでの物語を見逃した方は、こちらからご覧いただけます。
- 【連載第1回】AWS 運用、気づけば“カオス”に?その原因、探ります。
- 便利になるはずのAWSが、なぜか複雑で管理不能な状態に陥ってしまう…。多くの企業が直面する「カオスの都市」問題の根本原因を解き明かします。
クラウド運用に関するお悩みや、これからのパートナーシップのあり方にご興味をお持ちでしたら、どうぞお気軽にお声がけください。あなたのビジネスが直面している課題について、ぜひお聞かせいただけませんか。