こんにちは、アジャイル事業部のみちのすけです。AWS re:Invent 2025 に現地参加しています!
この記事は re:Invent 「Toss Securities’ AI Transformation with automated Super App Ops. (GBL301)」のセッションレポートです。
韓国のフィンテック企業 Toss Securities の Automation Platform Team Lead である Nam Kyu Cho さんと、AWS の Sr. Solutions Architect が、Amazon Bedrock と Amazon Nova を活用したスーパーアプリの自動テスト戦略について紹介されました。
概要
Toss は、2,500万人のユーザーを抱える韓国の主要フィンテック企業です。送金、バンキング、証券取引などをシームレスに提供するスーパーアプリを展開しています。
セッションでは、急成長するスーパーアプリの開発において直面した課題と、Amazon Nova を活用したデバイステスト自動化の取り組みが語られました。特に印象的だったのは、チェックリスト方式から自然言語ベースのテスト自動化への移行、そして MCP (Model Context Protocol) との統合による次世代のテスト基盤構築です。
こんな方におすすめ
- スーパーアプリや複雑なモバイルアプリの開発・運用に携わる方
- モバイルアプリのテスト自動化に課題を感じている方
- Amazon Bedrock や Amazon Nova の実践的な活用事例を知りたい方
- フィンテック業界でのAI活用に興味がある方
登壇者
- Jongmin Moon さん(Sr. manager, Solutions Architect, Amazon.com)
- Namkyu Cho さん(Automation Platform Team Lead, Toss Securities)
Amazon Bedrock と Amazon Nova の概要
まず、AWS の Solutions Architect から Amazon Bedrock と Amazon Nova が紹介されました。
Amazon Bedrock の5つの主要機能
Amazon Bedrock は、生成AI アプリケーションを構築するためのフルマネージドプラットフォームです。以下の5つの主要機能が紹介されました。
- モデルの選択肢 – 業界をリードする複数の基盤モデルから、ビジネスに最適なものを選択できます。アプリケーションコードを変更せずにモデルを切り替えられるのが特徴です。
- コストとパフォーマンスの最適化 – モデルの選択、インテリジェントなプロンプトルーティング、プロンプトテスト、柔軟な推論オプションなどを通じて、コストとパフォーマンスを最適化できます。
- 簡単なカスタマイズ – 独自のデータでモデルをファインチューニングでき、RAG(Retrieval-Augmented Generation)を複雑さなしにセットアップできます。
- セキュリティ – データは AWS 内でプライベートに保たれ、エンタープライズグレードのセキュリティが組み込まれています。ガードレールによる有害コンテンツのフィルタリングも可能です。
- エージェント – エージェントを構築・デプロイでき、単一のチャネルを超えた複雑なタスクを実行できます。
この5つの機能は、後述する Toss Securities の実装においても重要な役割を果たしています。

Amazon Nova ファミリー
Amazon Nova は、AWS 独自の基盤モデルファミリーで、Bedrock でのみ利用可能です。業界トップクラスのコストパフォーマンスを誇るとのことです。
Nova ファミリーには4つのカテゴリがあります。
理解モデル
- Nova Micro – テキスト入力・出力用
- Nova Lite, Pro, Premier – マルチモーダル入力(テキスト、画像、動画)からテキスト出力を生成
クリエイティブコンテンツ生成
- Nova Canvas – 画像生成
- Nova Reel – 動画作成
音声処理
- Amazonic – 音声入力から音声出力を生成する音声対音声モデル
自動化
- Nova Act – Webブラウザ内でユーザーの代わりにタスクを自動実行
Toss Securities は、この中から Nova Micro と Lite をテキスト処理に活用しているとのことです。
コストパフォーマンスとマルチモーダル対応を重視した選択だと思います。特に、複雑なモバイルアプリのテストでは画像認識も重要になるため、Nova のマルチモーダル対応は大きな強みですね。

Toss の急成長と課題
ここから、Toss Securities の Nam Kyu Cho さんによる実際の事例が紹介されました。
Toss というスーパーアプリ
Toss は、韓国の日常生活のほぼすべてをカバーするスーパーアプリです。バンキング、投資、ショッピング、ゲーム、そしてナイトライフまで、幅広いサービスを提供しています。
この製品エコシステムにより、Toss は驚異的なスピードで成長してきました。例えば、Nam Kyu さんが所属する Toss Securities は、ローンチからわずか3年で韓国でほぼ全国規模のプラットフォームになったとのことです。
正直、3年でこの規模まで成長するのは…すごいスピード感ですね。

急成長がもたらした課題
しかし、この急速な成長は、当然ながら大きな課題をもたらしました。
1. リリース頻度の爆発的増加
Toss では、毎日数十もの新バージョンをリリースしているとのことです。バンキング、証券、コマース、さらにはゲームまで、すべてが同時に更新されます。
問題は、テストと検証がこのスピードに追いつけなくなったことです。単体テストだけでも大変なのに、検証テストがさらにすべてを遅くしていたとのことです。
「リリースが多すぎて、テスト時間が足りない」という、まさに成長企業あるあるの課題ですね。

2. デバイステストの複雑さ
Toss 社内でのデバイステストは、日々の課題だったとのことです。リモートワークでは、全員が同じデバイスにアクセスできるわけではありません。バグを再現するために、特定のモデルを探してオフィスに来なければならないこともあったそうです。
「iPhone 17 Pro Max を持っている人はいますか?」という質問が飛び交う状況は、想像するだけでも大変そうです…

3. グローバル市場への対応
サマータイム(夏時間)が切り替わると、グローバル市場の取引時間が変わります。Toss の取引システムは、それを正確かつ客観的にマクロレベルで処理する必要があります。
ある時、システムが正常に動作しているか確認するため、セキュリティエンジニアが一晩中手動でチェックしていた というエピソードが紹介されました。取引が正しく実行されたかを確認するのは、疲れるし、神経をすり減らす作業とのことです。
これは本当に大変だと思います。金融系システムでは、絶対にミスが許されないですからね。
課題のまとめ
Nam Kyu さんは、直面した課題を以下の3つに整理されました。
- 品質担保が困難 – 多様なデバイスモデルでのテストが複雑で、リモート開発環境では特に困難
- リアルタイムな可視性の欠如 – モニタリング、スキャン、検証を行う手段が不足
- テストの実行速度 – 手動テストでは、リリース頻度に追いつけない
これらの課題を解決するために、Toss Securities は Amazon Bedrock と Amazon Nova を活用した新しいアプローチを採用したとのことです。

Device Farm を活用した自動テスト基盤
ここから、Toss Securities が構築したソリューションが説明されました。
Web インターフェースでデバイスを制御
Toss Securities は、AWS Device Farm を活用して、Webインターフェース経由でどのデバイスも遠隔制御できる環境を構築したとのことです。
Device Farm を使うことで、どこにいても、ブラウザから実機デバイスにアクセスしてテストを実行できる ようになったとのことです。物理デバイスを探し回る必要がなくなり、リモートワークでも効率的にテストができるようになったそうです。
ネットワーク条件のシミュレーション
さらに、Device Farm では ネットワーク条件を柔軟に変更できる ため、高速ネットワーク、低速ネットワーク、あるいはネットワークが切断された状態など、さまざまな環境でテストできるようになったとのことです。
これは、実際のユーザー環境を再現するのに非常に有効だと思います。特にモバイルアプリでは、ネットワーク状況によって動作が大きく変わりますからね。
軽量なテストワークフローの構築
この機能により、Toss Securities は 軽量なワークフローでテストを繰り返し実行できる仕組みを構築したとのことです。
セッションでは、実際にYouTubeを起動して、異なるアプリ間を自動で切り替えるデモ動画が紹介されました。これにより、複雑なアプリ操作フローも自動化できることが示されました。

自然言語ベースのテスト自動化
ここからが、このセッションの最も興味深い部分でした。
チェックリスト方式の限界
従来のテスト自動化は、チェックリスト方式が主流でした。つまり、「ボタンAをクリック」「フィールドBに入力」といった、細かいステップを事前に定義する必要があったとのことです。
しかし、スーパーアプリのように機能が複雑で頻繁に変更される環境では、このアプローチは限界があったそうです。チェックリストを常に最新に保つだけでも、大きな工数がかかるとのことでした。
自然言語による指示
Toss Securities は、Amazon Nova を活用して、自然言語でテストを指示できる仕組み を構築したとのことです。
セッションでは、実際のデモ動画が紹介されました。
- Naver.com(韓国のGoogleのようなサイト)を起動
- 自然言語で「インタラクティブなボタンを押したい」と指示
- Amazon Nova がその指示を理解し、適切な操作を実行
この方式により、テストエンジニアは細かい操作手順を記述する必要がなくなり、「何をテストしたいか」を自然言語で記述するだけで良くなったとのことです。
これは本当に革新的だと感じました。テストコードを書く手間が大幅に削減されるだけでなく、非エンジニアでもテストシナリオを記述できるようになりますよね。

MCP (Model Context Protocol) との統合
セッションの後半では、MCP (Model Context Protocol) を活用した次世代のテスト基盤についても触れられました。
MCP とは
MCP(Model Context Protocol)は、AIモデルと外部システムを統合するためのプロトコルです。Amazon Nova と Device Farm を MCP で統合することで、より柔軟でスケーラブルなテスト自動化が可能になるとのことです。
詳細な実装については、セッション動画や公式ドキュメントで今後公開される予定のようです。
今後のロードマップ
Nam Kyu さんは、今後の展望として、以下のような取り組みを計画していると語られました。
- MCP を活用した、より高度な自然言語ベースのテスト自動化
- ユーザー体験(UX)を重視したテスト手法への移行
- Device Farm の機能拡張と、他の AWS サービスとの連携強化
Toss Securities のアプローチは、単なる自動化ツールの導入ではなく、テスト文化そのものを変革する取り組みだと感じました。



まとめ
このセッションでは、Toss Securities が Amazon Bedrock と Amazon Nova を活用して、スーパーアプリの自動テスト戦略をどのように進化させたかが紹介されました。
主なポイントは以下の通りです。
- 急成長がもたらす課題:リリース頻度の増加、デバイステストの複雑さ、グローバル対応の難しさ
- Device Farm の活用:リモートからの実機テスト、ネットワーク条件のシミュレーション
- 自然言語ベースのテスト:チェックリスト方式から脱却し、Amazon Nova で自然言語による操作を実現
- MCP との統合:次世代のテスト基盤構築に向けた取り組み
特に印象的だったのは、従来のチェックリスト方式から自然言語ベースのテスト自動化への移行です。これにより、テストの保守コストが削減されるだけでなく、テストシナリオの記述がより直感的になり、チーム全体でテストに関わりやすくなると思います。
また、Toss Securities のような急成長企業において、AI を活用したテスト自動化は単なる効率化ではなく、品質を維持しながらスピードを保つための必須の戦略だということが伝わってきました。
スーパーアプリや複雑なモバイルアプリの開発に携わる方には、非常に参考になる事例だと感じました。
