はじめに

長年マネジメント職に携わり、課題解決に向き合いながらマネジメントの難しさと楽しさを肌で感じてきましたが、昨今の生成AI普及により現場のスピード感は飛躍的に向上し、アウトプット量は増え、最適な手法も日々変化しています。このような激しい変化の中で、溢れる情報の中から真の価値を見抜きQCDを最適化する高度な意思決定や、メンバーの自律性を育みチーム全体のポテンシャルを最大限に引き出すピープルマネジメントとの両立など、これまで以上に重要になっていると感じます。

そこで、Google Cloudの「Vertex AI Agent Builder」で自分専用の『マネジメント・コーチング・エージェント』を作成してみました。手始めに、Googleの「Project Oxygen(優れたマネージャーの条件に関する研究)」の知見を活用し、日々向き合う課題の相談相手になってもらおうと思います。

なぜ「Vertex AI Agent Builder」なのか

今回、私がVertex AI Agent Builderを選んだ理由は4つあります。

1.ノーコード/ローコードでの構築: 難しいコードを書く必要がなく、直感的なUIでエージェントを構築できる。

2.Gemini3 Pro(Preview)の強力な推論: 文脈を汲み取った人間味のある回答をしてくれる。

3.「データストア」による知見の活用: 独自のドキュメントを読み込ませることで、一般的なAIの回答を超えた、特定の「指針」に基づいたアドバイスが得られる。

4.外部システム連携による強力な拡張性:対話にとどまらず、外部システムと連携し実務上の具体的なアクションを自律的に実行し完結できる。
→ API連携: 自社DBやSlackなどの特定のツールと「1対1」で接続し、データの取得や操作をダイレクトに実行。
→ MCP連携: 共通規格を介し、AWSやGoogle Cloud等の多様なリソース情報へ「一括」でアクセス。

Gemini(チャットAI)との違い

Gemini単体でも「Project Oxygen風に答えて」と指示すればそれらしい回答は得られますが、AIが持つ一般知識と混ざりあって根拠が不明確な回答(ハルシネーション)になるリスクがあります。Agent Builderは、アップロードした特定の資料を「唯一のソース(根拠)」として固定する「グラウンディング」の精度と安定性が極めて高いのが特徴です。

NotebookLM(リサーチツール)との違い

NotebookLMは資料の要約や理解には非常に優れていますが、あくまで「リサーチ」のためのツールです。一方、Agent Builderは「指示(プレイブック)」による振る舞いの制御が可能です。単なる情報要約ではなく、「QCDの観点で問いかける」「コーチングの技法を用いる」といった、マネージャーの特定の振る舞いを厳密に定義できることがAgent Builderの強みです。

エージェントの構築プロセス

エージェントの構築は非常にシンプルで、大きく分けて以下の5ステップで完了しました。

1.知識(ナレッジ)の準備

Googleが公開しているマネジメント研究「Project Oxygen」に関するガイドラインなどをPDF化します。
以下は今回PDF化したガイドラインです。

参考)Google re:Work「すべてのガイド」

2.データストアの作成

データストア(Cloud Storage)を作成し、準備したPDFをアップロードします。
※コンソール遷移手順(2026/02/26時点):「Vertex AI」→「Vertex AI Search」→「既存のアプリを表示」→「データストア」→「データストアを作成」→「select(Cloud Storage)」

3.エージェントの作成

Project Oxygenマネジメントコーチエージェントを作成します。
※コンソール遷移手順(2026/02/26時点):「Vertex AI」→「エージェントデザイナー」→「エージェントを作成」

4.エージェントとデータストアの紐付け

エージェントがデータストアを参照できるように、エージェントとデータストアを紐付けます。
これにより、エージェントはGoogle流のマネジメント手法を「背景知識」として備えることになります。
※コンソール遷移手順(2026/02/26時点):「Vertex AI」→「エージェントデザイナー」→「エージェントを選択」→「Details」→「ツール」→「Vertex AI Search データストアの+」→「追加」

5.指示(プロンプト)の注入

エージェントに対して、「あなたはGoogleのProject Oxygenを熟知したプロフェッショナルなコーチです。マネジメント経験を持つ私の壁打ち相手になってください」といった役割や指示をいくつか与えます。
※コンソール遷移手順(2026/02/26時点):「Vertex AI」→「エージェントデザイナー」→「エージェントを選択」→「Details」→「指示」

やることはこれだけです。
今回初めてVertex AI Agent Builderをさわるということもあり、Geminiに教えてもらいながらの作業でしたが、これらの設定に要した時間はわずか1時間程度でした。

実践「見えにくい価値や成果を示す方法」を相談

完成したエージェントに、現場で日々向き合っているリアルな課題を相談してみました。

相談内容

私の所属するチームは多数の社内向けシステムを開発・運用している部署に所属していますが、売上に直結しないシステムも多く、上層部に対してその「価値」や「成果」を単純な数字で定量的にアピールすることが難しい場合があります。
「結果重視」という観点から、どのように価値や成果を算出し納得感のある形で報告すべきか、具体的なアドバイスをください。

エージェントの回答(抜粋)

QCD(品質・コスト・納期)の観点から、成果を定量化しアピールするための視点をいくつか提案させていただきます。これらをヒントに、あなたのチームに合った指標を一緒に探っていきましょう。

1. Quality(品質): 「機会損失の回避」と「効率化」を数値化する

「システムが動いていること」そのものの価値を、逆説的に「止まらなかったことで得られた利益」や「効率化された時間」として算出する方法です。

  • 稼働率とダウンタイムのコスト換算:
    • SLA(Service Level Agreement)や稼働率(例:99.9%)を提示するだけでなく、仮にシステムが停止した場合の「ビジネスインパクト」を試算します。
    • 例:「このシステムが1時間止まると、全社員〇〇人の業務が停止し、人件費換算で〇〇万円の損失になりますが、今期は稼働率99.99%を維持し、この損失リスクを回避しました。」
  • 業務時間の削減効果:
    • システム改善によって削減された作業時間を「金額」に換算します。
    • 例:「UI改善により1処理あたりの時間が5秒短縮されました。月間1万回の処理があるため、年間で約14時間の工数削減、金額にして約〇〇万円相当の効率化を実現しました。」

2. Cost(コスト): 「最適化」と「投資対効果(ROI)」を示す

コスト削減そのものも立派な成果ですが、より戦略的に「投資対効果」を意識した報告が有効です。

  • インフラ・ライセンス費用の最適化:
    • 不要なリソースの削除や、より安価なサービスへの移行による削減額を提示します。
    • 例:「クラウドのリソース見直しにより、月額ランニングコストを10%削減しました。これにより年間〇〇万円の予算を新たな開発投資へ回すことが可能になりました。」
  • 内製化によるコストメリット:
    • 外部ベンダーに委託した場合の想定コストと、社内開発にかかったコスト(人件費)を比較し、その差額を「創出した価値」としてアピールします。

3. Delivery(納期・スピード): 「リードタイム短縮」によるビジネス貢献

社内システムであっても、機能追加やトラブル対応のスピードは、利用部門(ビジネスサイド)のスピードに直結します。

  • デプロイ頻度とリードタイム:
    • 機能要望を受けてからリリースまでの期間(リードタイム)の短縮を成果とします。
    • 例:「CI/CDの導入により、リリースサイクルを月1回から週1回に短縮しました。これにより、事業部の要望へ即座に応えられる体制となり、事業スピードの向上に貢献しています。」
  • 障害復旧時間(MTTR)の短縮:
    • トラブル発生から解決までの平均時間を短縮したことを成果とします。

ここで、少しあなた自身に問いかけをさせてください。

  1. 上層部が今一番気にしている経営課題は何でしょうか?
    • コスト削減でしょうか? それともDXによる業務効率化やスピードアップでしょうか? それに合わせて、アピールする指標(QCDのどれを強調するか)を変える必要があるかもしれません。
  2. あなたのチームのシステムを使っている「ユーザー(社員)」からの感謝の声や、具体的な成功事例はありませんか?
    • 数字だけでなく、定性的なフィードバック(「この機能のおかげで残業が減った」など)を数字とセットで提示することで、数字に「納得感」と「ストーリー」を持たせることができます。

これらを踏まえて、まずは「今のチームの活動を、あえて『金額』や『時間』に換算するとしたらどうなるか?」という視点で、メンバーと一緒にブレインストーミングをしてみるのも良いかもしれません。

いかがでしょうか? 何か一つでも、次のアクションに繋がりそうなヒントはありましたか?

エージェントへの信頼と次世代マネジメントへの手応え

エージェントとの対話を通じて、二つの側面から今後の意思決定におけるエージェントの信頼性を感じることができました。

1.回答のリアリティ
エージェントが提示してくれた「稼働率の損失リスク換算」や「内製化によるコストメリットの算出」といったアドバイスは、実は私のチームでもすでに実践していて、その有効性を実感している内容でした。
これまでの経験の中で辿り着いた方法を、わずか1時間で構築したエージェントが、Project Oxygenの知見をベースに一瞬で導き出したことには驚きました。

2.客観的な視点による再認識
自分たちが実践していることが、Googleの提唱する「結果重視」や「優れたマネージャーの資質」というグローバルな基準に照らしても正しいということを、エージェントを通じて再認識することができました。

すでに実践している内容でこれほどの精度が出るのであれば、今後、未知の課題やより複雑な意思決定に直面した際にも、このエージェントは確かな指針を示す「頼もしい相談相手」になるはずです。今回の体験から次世代マネジメントへの手応えを得ることもできました。

おわりに

今回は、Google CloudのVertex AI Agent Builderと、Googleが長年蓄積してきたマネジメントの知見「Project Oxygen」を活用して、マネジメントの意思決定を支える相棒を作ってみました。
これをベースに、自身の経験や自社のナレッジをデータストアとして追加し、より「自社環境に即したエージェント」にすることもできますし、サブエージェントを拡充したりMCPサーバーを活用することで「エージェントを進化」させることもできます。

AI活用が当たり前となった今、AIを「共に思考を深める良きパートナー」として自らの手で形にして使いこなし、人間にしかできない「感性」や「決断」に集中することが、マネジメント経験を次世代の価値へと繋げ、チームをさらなる高みへ導く道になるはずです。