『オウンドメディアの先輩から学ぼう!』第3回では、フリーランスで活躍されるアミケンさんこと鈴木健介さんからのご紹介で、『ギズモード・ジャパン』の元編集長でコンテンツマーケティングの大先輩とも言える、大野恭希(おおのよしき)さんを訪ねました。
大野さんは学生の頃から「ギズモード・ジャパン」に携わり、2012年から2014年まで二代目の編集長を務められた方です。
ギズモードと言えばガジェット情報が有名ですが、ビジネスからサイエンスまで幅広くテクノロジーネタを扱うサイトで知られています。筆者もアップルから新しい製品発表がある度に、ギズモードの記事を楽しみに、隅から隅まで読んでいた読者の一人です。
ギズモードを辞められてからは、しばらくフリーランスとして活動しながら昨年に株式会社HF.Mを設立。最近では、運動・食事・睡眠・メンタルヘルスについてのコンテンツを提供するメディア『healthy living』を運営されています。
読者ニーズを掴む手段
さっそくですが『healthy living』を拝見しました。個人的に健康に関心があるので興味のある記事ばかりでした。
ありがとうございます。「俺あんまり健康じゃないな」と気がついたのが、『healthy living』をはじめるきっかけでした。睡眠の質、食生活の偏り、日々の習慣などが、自分の身体の調子を左右するような年齢になって、歳をさらに重ねても健康的な日々を送りたいなぁと思ったのです。
それに、身近な人で心身に不調を来す人を見てきたので、そういった人たちのために何かできないかを考えました。
ヘルスケアの情報を集めだしたら、単なる健康から予防医療も含めて、日本社会ではこの分野はもう課題が山積みで、これはメディアにしようと考えたわけです。「未来の健康を手に入れる」がメディアのコンセプトです。
もともとは『healthy living』は、メディアと同時並行で、サービスを展開する予定だったんです。
僕自身ずっとWebの世界に浸かっていたので、Webだけでなく、リアルの世界と融合させるコンテンツ・サービスのあり方を模索しています。
大野さんは読者ニーズのようなものをどういう手段で捉えていらっしゃるのでしょうか
まず、僕は情報収集の段階で『生の情報』に触れることを重視しています。
生の情報は直接に人と会話することです。人が見る景色は十人十色なので、貴重な情報源になっています。
その他では、Twitterやはてなブックマークのコメントあたりは参考になります。ソーシャルメディアで語られている内容は、いま何が起きているのか?何に関心が集まっているのか?を知るのにちょうどいいんです。
そういう情報を眺めながら、想定する読者が関心を持ちそうなポイントを探ります。例えば、ビジネス目線で捉えるテーマならば、マーケティングや営業に携わっている人がその物事をどう見ているか? を参考にすることがあります。
以前にメディアで編集長をされていたときは、どのようにされていましたか?
読者ニーズは主にガジェット系の最新情報だったので、『アップルを追いかける』というのが鉄板でしたね。
読まれる記事は『構成』次第
これまで経験させてもらったギズモードやテレビ局では、紙媒体出身のプロのライターさんや編集者さんと組んでいました。紙媒体はオンライン媒体と違って、紙面というサイズの限界があらかじめ設定されているので『構成』の重要性を学びました。
『構成』で記事の60〜70%が完成してしまうイメージです。全体からどこを削って、どこを尖らせるか、どんな新しい情報を散りばめるか、を追求するわけです。記事の濃度をあげる箇所、盛り上げる箇所を構成の段階で煮詰めていくのです。
私も記事全体の流れを最初に箇条書きしていますが、記事の大半が書き上がってしまうことも…
それは『構成』ではなくて、もう『記事』を書いちゃってますね。それは間違いです(笑)
最後まで読まれる記事になるかどうかは『構成』次第とも言えると思っていて、それなりの記事を作るには時間が必要ですよね。
そのメディアに適した『構成』を行う方法のひとつに『ズーミング』という手法があります。記事全体を大所高所から俯瞰して網羅的に把握して、そこからまたディテールに向かって単純化していくというやり方です。
俯瞰することで『他のメディア』が見えてきて、オウンドメディアのポジショニングを考えたり、読者ニーズが見えてきます。
さらに大きくズームアウトして『日本』という国を俯瞰してみたら、海外の記事を翻訳するニーズなどもみつかるかもしれません。
ズームインすると、記事1つひとつの単位から、カテゴリごとの状況を見ることができるので、次にどんなコンテンツを出して行けばいいかを考えられます。
読者ニーズと合致しているかどうかの判断はどうされていますか?
わかりやすいのは記事のページビューなのですが、読者ニーズを測るという点では、例えばですが『Smart News』に掲載された記事をFacebookにポストしてみて、『いいね!』の数とかコメントの中身でもある程度はわかります。
『読まれる記事』『読まれない記事』と、2分してしまいがちですが、『たくさんは読まれないけれど、読んだ人には役立つ記事』というのもあります。数字で読まれる読まれないに関係なく、どんな記事でも価値はあり、ビジネス観点でのみ見ると不幸になりがちだと思います。
僕自身の持論は、ユーザーと企業の接点をコンテンツで持たせるのが編集だと思っていて、数字だけでは計れないものもあるという考えです。
ページビューで一喜一憂するのではなく、自分にしか書けない内容、旬にあたる内容かどうかを意識して記事を書くと良いのではないでしょうか。
記事の旬というのは、この季節なら「インフルエンザが流行る」からその関連記事とか?
そうですね。読者が関心のあるテーマ=読者ニーズですから、そこに役立つ記事を当てていく。基本はそれでいい気がします。
こうした因果関係の例で、ちょっと興味深い結果があります。『ダイエット』記事は通年で通用するイメージですが…まあ、女性向けの記事はそうなんですが、実は男性向けのダイエット記事は、夏の前に流行るんです。海やプールでボディを見せる機会が増えるから、なんでしょうね(笑)外で見せなくても、脱ぐ場面はありますけど。
流行る記事は、他の媒体がヒントをくれるケースもあります。雑誌の次号予告ページ、テレビの番組表あたりは、未来に何が取り上げられるのかを教えてくれています。
最後に『cloudpack.media』に何かアドバイスをいただけますか
ギズモードのようなメディアは広告で成り立っています。クライアント企業と読者の満足をどう作り出すか?がポイントになるわけですが、クライアント企業を満足させるだけの記事は面白くない。やはりメディアというのは、読者がいて初めて成り立つのだと思います。
オウンドメディアも同じです。誰のために存在するメディアなのかが大事であり、信念とか熱意とか、それをブラさないようにすることが重要なのではないでしょうか。
そのためにガイドライン的なものを明文化しておくことをオススメします。『cloudpack.media』はまだ始まったばかりなので当面はないかもしれませんが、そのうち編集メンバーは少しずつ変わっていくでしょうし、ガイドラインは、その時々で編集に協力してくれるメンバーとの意識合わせにもなります。
参考までに『healthy living』の編集ガイドラインをお見せしますと、こんなイメージになっています。まだまだな出来なので、絶賛追記・修正中です。すべてをここに詰め込んでいきます。
定期的に見直すと、オウンドメディアに参加するメンバーの認識が進みますよ!
(編集ガイドラインが驚くほど長いドキュメントだったのでショットを横向きにしています)
取材後記
大野さんはギズモード時代に、紙媒体出身のプロに囲まれて勉強になったと言った。
筆者は、コンピュータメーカーでコラテラルやビジュアルマーチャンダイジングを担っていたことがある。自社製品の店頭展示に関連するマテリアルなら何でも制作していた。
そこでは新製品が発表になる度に『Take One』と呼ばれる店頭用のブローシャを作った。A4サイズではなくて、今で言えばiPhone 7 Plusぐらいの大きさで、三つ折りとか四つ折りされた小さな製品カタログだ。
紙面という限られたスペースの中で、何をどう伝えるのか?という考え方は、コラテラル制作に通じるものがある。
だいたい記事にしても製品コラテラルにしても、伝えたいことはとにかく山ほどある。
だからこそ、紙をベースにした制作物というのは、そこに何を詰め込むのか?ではなくて、何を削って何を残すのか?という『引き算』の作業になるのだ。
引き算されたあとに残された「メッセージ」がそのコンテンツにとって最も大切で重要な部分なら、何を引くべきかという目利きこそがプロの編集者に求められるのかもしれない。そこには紙媒体とオンライン媒体に違いはないはずだ。
熱い気持ちで「i」で始まる製品名のTake Oneを、鬼スケジュールで制作していた日のことを思い出した。