※本記事はITmediaエンタープライズより許諾を得て掲載しています
転載元:ITmediaエンタープライズ
2021年11月19日掲載記事より転載

大手家電量販店チェーンのエディオンは、複数基幹システムのクラウド移行を1年で完了した。同社はIT戦略における主体性の欠如という課題にどのように向き合い、ITベンダーと協力体制を築いたのか。

ビジネスでのIT利用が不可欠になっている昨今、手作業からデジタルを軸にビジネスプロセスを刷新しようとする企業が増加しているが、実現には多くの課題がある。

特に深刻な課題になりがちなのが、IT戦略における主体性の欠如だ。経営層がITへの苦手意識から受け身になってしまい、システム開発や運用の主導権をベンダーに譲り渡し、要件を明確化しないまま“丸投げ”してしまえば方向性を見失ってしまう。自社がIT戦略の主導権を握り、ベンダーの協力を得ながらうまく付き合っていくにはどうすればいいのだろうか。ITベンダーのアイレットが主催するWeb番組「iret Studio」で、大手家電量販店チェーンであるエディオンが自社の事例を語った。

「ビジネス側がITの主導権を取り戻す」ために

エディオンは2018年12月から約2年をかけてオンプレミスの基幹システムをクラウドに移行した。プロジェクトはアイレットの助けを借りつつ情報システム部門が主導し、その後の開発や運用も同部門が主体的に担う“内製化”をテーマとした。エディオンの金子悟士氏(取締役副社長執行役員 事業本部長)は移行の背景を次のように語る。


エディオンの金子悟士氏

「当社はこれまでITシステムの制限にビジネスを合わせてきました。しかしITにビジネスを合わせるのではなくて、ITがビジネスを支えるように、主導権を逆転させるべきです。そのため、IT基盤にはビジネス変化に柔軟に対応できるクラウドを採用することを決め、情報システム部門には『既存システムを全面的に移行する方法を考えてほしい』と伝えました」(金子氏)


エディオンの佐藤周平氏

移行プロジェクトを主導したエディオンの佐藤周平氏(情報システム企画部 アドバンストシステムエンジニア)は「オンプレミスの基幹システムでは、新しいことを始めるときにハードウェアやソフトウェアの調達から入る必要があり、その分の時間やコストが必要です。運用やシステム更改にもさまざまな課題を抱えていました。さすがにクラウドへの全面的な移行はむちゃぶりだと思いましたが、基幹システムをホスティングしていたデータセンターの閉鎖もあり、腹をくくりました」と話す。

エディオンは2019年12月、アイレットと共にクラウド移行プロジェクトをキックオフさせた。「ビジネス要求に素早く対応するシステムを作り、新しいことを始める」という目的を掲げ、プロジェクトの方針としてクラウド化のロードマップと移行に際してのポリシー「エディオン クラウド利用7か条」を策定した。


(上)エディオンのクラウド化ロードマップ(下)エディオン クラウド利用7か条(出典:アイレット提供の2019年当時の資料)

アイレットの吉良 悠太郎氏(クラウドインテグレーション事業部 副事業部長)は当時を振り返り「クラウド移行の実績を持つ当社にとっても非常に大規模な案件でした」と話す。


アイレットの吉良 悠太郎氏

「詳しいヒアリングのために『PMOアドバイザリ』というPMO支援サービスを立ち上げ、週3~4日の頻度でエディオンに通ってニーズの理解に努めました。プロジェクトの初期段階で『顧客の要望』や『エディオンが主導する部分』『当社に任せてもらえる部分』について意識を合わせ、プロジェクト体制構築前の“素地づくり”に注力して信頼関係を醸成できた点は大きかったと考えています」(吉良氏)

ノウハウを体系化 マルチクラウドへの移行や運用にもスムーズに対応

クラウド移行時には、オンプレミスを軸とした従来の運用をどのように変更するかを事前に見極めておくことも重要なポイントだ。特に大規模なプロジェクトほど複数のステークホルダーが存在するため、プロジェクトの方向性を統一する必要がある。この部分では、クラウド移行の経験が少ないユーザー企業はITベンダーの力を借りるのが得策だ。

ここで役立ったのがアイレットの「cloudpack」だ。cloudpackはクラウド導入や運用を総合的に支援するサービスで、2300社以上、年間プロジェクト3800件以上の導入実績で培った移行や開発、運用ノウハウを体系化してホワイトペーパーにまとめている。


アイレットの後藤和貴氏

今回の移行プロジェクトにおいては、cloudpackの移行に関するホワイトペーパーをエディオン向けにカスタマイズしたガイドラインを策定した。移行と運用の段取りや課題、ステークホルダーごとの役割分担を明確にし、事業部門にもクラウドファーストの考え方や方針と指針を浸透させた。アイレットの後藤和貴氏(執行役員 エバンジェリスト)は「移行のホワイトペーパーには本番リリースの段取りまで書かれています。これによってプロジェクト全体のスピードを速め、移行後のビジネスの早期立ち上げにつながります」と語る。

佐藤氏は、ホワイトペーパーについて「クラウド移行の経験がないため、どのような工程が存在し、どのようなポイントでつまずくかは想像しかできませんでしたが、手引きとしてまとめられた事例によって非常に明確になりました」と話す。

寄り添いながら内製化を支援
信頼関係の醸成が意識改革につながる

エディオンはプロジェクトのキーワードである“内製化”についてもアイレットの支援を受けている。吉良氏は「PMOアドバイザリは、クラウド移行後の新規開発プロセスも継続的に支援することを前提に要件定義やアプリケーションライフサイクル、プロジェクト完了の基準、成果物などを整理し、これらの進め方をエディオンに納得してもらうように意識しました」と語る。

注目すべきは、PMOアドバイザリでIT調達やベンダー選定に関するアドバイスも提供した点だ。ITベンダーによって得意な開発領域は異なる。アイレットが開発を受け持つ領域を明確にし、同社の開発力が弱い領域については成果物の品質を事前にエディオンと取り決めつつ、他のITベンダーの採用も提案したという。


エディオンの松藤伸行氏

ITの主導権をエディオンが持ち、適切なポイントでアイレットに支援してもらう関係を構築できたことは、情報システム開発部における“内製化”への意識改革にもつながった。エディオンの松藤伸行氏(事業本部 情報システム統括部 情報システム開発部長)は「意思決定から開発プロセス、最新技術のキャッチアップまで支援してもらったことで、自分たちで決めるべき部分を再認識できました」と述べる。

金子氏は「目指す目標も自然と高くなり、当社のエンジニア一人一人の意識が本当に変わりました。大規模なプロジェクトを通じて得た2つの収穫は『情報システム部門の中に多くの知見がたまったこと』と『メンバー全員が自信を持ったこと』です」と語る。

大規模プロジェクトの成功が大きな自信に エディオンの今後の展望とは

クラウド移行プロジェクトはスケジュール通り完了し、2020年11月に新システムが本番稼働した。後藤氏は「情報システム部門の意識改革というテーマも抱えつつ、一緒に汗をかかせていただいたという点では、アイレットとしても初と言える貴重なプロジェクトだったと思います。今回のプロジェクト経験をベストプラクティスとして水平展開し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する企業を引き続き支援したいと考えています」と抱負を述べる。

プロジェクトを成功に導いたアイレットの強みとは何だろうか。吉良氏はQCD(品質、コスト、納期)の観点から以下のように分析する。


QCDの観点から分析したアイレットの強み(出典:アイレット提供資料)

cloudpackのガイドラインやホワイトペーパーなど、アイレットの既存事業に裏打ちされた体系的な取り組みを利用すれば、一定水準の品質を確保できる。実績に裏打ちされたホワイトペーパーの活用やプロジェクト運営によって“車輪の再発明”を防ぎ、プロジェクト立ち上げ工数を削減できるため、結果的にコストの低減や迅速なデリバリーにもつながる。

「私は強みや売り文句を聞かれた際に『アイレット使えば時間買えます』と伝えます。QCDを底上げしてプロジェクトを成功させ、デリバリーで稼いだ時間をさらなるビジネス品質の作り込みに使ってほしいと考えています」(吉良氏)

最後に、エディオンの今後の展望について金子氏は以下のように語った。

「IT戦略の主導権を取り戻し、自分たちで開発、運用できる体制を確立できたため、これからはベンダーとの関わり方やプロジェクトのクオリティーも大きく変わっていきます。システムのモダナイゼーションやクラウドネイティブアプリケーション開発など、ビジネスを支えるITの実現に向け、失敗を恐れず挑戦を続け、業界のショーケースになりたいです」(金子氏)


アイティメディアの内野宏信

iret Studioのモデレーターを務めたアイティメディアの内野宏信(編集局 IT編集統括部 統括編集長)は「今回のキーワードは“自信を持つこと”“企業が主体的に取り組むこと”でした。成果を積み重ねながらITを自分のものにするには覚悟も必要ですが、同じ志を共有できるパートナーを得たことが大きな勝因となったのだと思います」と締めくくった。