こんにちは。デザイン事業部の中村です。
以前受験したUX検定基礎の出題にて、初めて「ナッジ理論」という単語を知ったので自分の学習も兼ねてどんなものかを説明したいと思います。

1. ナッジ理論とは?

ナッジ(nudge)とは、「そっと押す」や「軽く突く」といった意味があり、ナッジ理論は人々の行動を強制するのではなく、選択肢を工夫して与えることで望ましい行動に導く手法となっています。
このナッジ理論は、米国・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授らによって提唱され、2017年にはセイラー教授がノーベル経済学賞を受賞しました。

選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素

引用元:https://www.env.go.jp/content/900447800.pdf

20歳未満の飲酒やシートベルトの着用など法律などで禁じられているもの、義務化されているものはナッジ理論には当てはまりません。
また、お友達や家族を1人紹介すると現金や金券をプレゼント!のように、少なくとも金銭目的で動かすことも当てはまらないとしています。

ナッジ理論の重要なポイントは、「人々が選択し意思決定する環境をデザインし、その結果として行動もデザインすること」です。
経済学だけでなく、行動経済学や心理学など多岐にわたる学問領域からの知見を活用しています。
ナッジ理論を政策に活用することを推進する組織である「ナッジユニット」が日本だけではなく世界中で増えています。

2. ナッジ理論の実例

ナッジ理論は、日常生活のさまざまな場面で応用されています。

スーパーやコンビニの食品売り場において
・栄養価の高いものなど健康的な食材を前面に陳列することで、消費者がより健康的な選択をしやすくなる。
・消費期限の近い商品に値引シールを貼ったり、手前取りを推奨することで食品ロスの削減につながる。
・エコバック使用を促すためにレジ袋の有料化が行われることでエコバックの使用率を上げる。

階段を使った健康促進や混雑回避
・駅にある階段の段数に一段ごとの消費カロリーを書くことで、階段利用者を増やして健康を促進する。
・キャラクター商品販売店において数少ないエレベーターの混雑を回避するために、階段にキャラクターの広告をデザインすることで階段利用者を増やす。

環境保護において
・前年同月の電力使用量の比較や似たような家庭での平均使用量の比較を示すことで、消費者がエネルギーを節約するように促す。
・タバコの吸い殻のポイ捨てを削減するために、喫煙所の灰皿を投票式のデザインにしたり、矢印を設置などの工夫をする。

上記は身近な例として挙げていますが、自治体でナッジ理論を使った取り組みはたくさんあります。
こちらの「自治体ナッジシェア」というサイトは結構幅広い分野で興味深い事例がたくさんあるので、ぜひ見てみてください。

【自治体ナッジシェア ナッジ事例集】
https://nudge-share.jp/all-nudge

3. ナッジ理論のフレームワーク

ナッジ理論を活用するためにフレームワークがいくつかあります。
ここでは代表的なものを紹介します。

①EAST

EASTは、イギリスのナッジユニット(Behavioural Insights Team, 通称BIT)が開発したチェックリスト型のフレームワークで、ナッジを実践するための4つの基本原則を示しています。他のフレームワークと比べて簡単でわかりやすいものになっています。

①Easy(簡単にする)
 人々が望ましい行動をとることを簡単にします。例えば、手続きや選択肢を簡略化にするなどがあります。
②Attractive(魅力的にする)
 報酬やインセンティブを使ってその行動を魅力的に感じさせることです。注目を集めることが重要になります。
③Social(社会的にする)
 他の人も同じ行動をしていることを示したり、社会的な影響を利用することでとるべき行動を考えさせます。
④Timely(タイミングを考慮する)
 適切なタイミングで介入を行います。行動変容が起こりやすい瞬間を狙ったり、一連の時間の流れを考えることが必要になります。

②MINDSPACE

MINDSPACEは、EASTと同じくイギリスのナッジユニットが開発したもので9つの要素から成り立っています。項目がEASTよりも多いので、緻密に考慮したい場合に最適です。

①Messenger(メッセンジャー)
 誰がメッセージを伝えるかが重要になります。
②Incentives(インセンティブ)
 報酬やペナルティを利用します。
③Norms(規範)
 他の人の行動に影響を受けます。
④Defaults(デフォルト)
 すでに設定されているデフォルトを利用します。
⑤Salience(顕著性)
 目立つものに惹かれることを指します。
⑥Priming(プライミング)
 無意識の行動を利用します。
⑦Affect(感情)
 感情的反応を引き起こします。
⑧Commitments(約束)
 自分の約束を公にすることで実行します。
⑨Ego(エゴ)
 自尊心やアイデンティティに働きかけます。

③NUDGES

リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンが掲げた6つの基本原則のフレームワークです。

①iNcentives(インセンティブ)
 行動のコストと利益を考慮します。
②Understand mappings(マッピングの理解)
 選択した結果を明確にします。
③Defaults(デフォルト)
 すでに設定されているデフォルトを利用します。
④Give feedback(フィードバック)
 行動のフィードバックを提供します。
⑤Expect error(エラーを予期する)
 人間のミスを見越して対策をします。
⑥Structure complex choices(複雑な選択を構造化する)
 選択肢が複雑あるときは決定を簡単にするために構成します。

これらのフレームワークを用いることで、ナッジ理論の実践をスムーズに進めることができます。
課題に応じてどのフレームワークが活用できそうか、課題の目標や状況を見て判断するのがいいと思います。

4. ナッジ理論が政策に取り入れられるワケ

ナッジ理論は、長期的な視点で人々の行動を変えることができるため、政策やビジネス領域において重要な意義を持っています。
日本では環境省や経済産業省などの省庁から横浜市などの地方自治体での取り組みが増えています。
そういった政策現場がナッジ理論に注目している理由を3点挙げていきます。

①政策を対象者に行き届くように

政策を立案したとしても、対象者に伝わらなかったら意味がなくなってしまいます。
制度や仕組みの充実だけでなく、利用実態の改善も重視することが必要です。
そこでナッジ理論を取り入れることで対象者を望ましい行動で政策に導かせることができるようになります。

②行動経済学が政策現場の経験則に説明を与える

解決策を考える際に主観的な意見が多く、他問題への応用ができない問題がありました。
そこで行動経済学を知ることにより、何故その工夫が効果的なのかというメカニズムに関する論理的な説明を提供することが可能となりました。

③政策の費用を下げる

規制的手法・財政的手法だと行政の金銭面や時間の負担が大きくなります。
しかし、ナッジ理論は選択のデザインや情報提供メッセージの工夫で、人々の方から政策にアプローチしてもらえるように働きかける手法なので、金銭的な負担はそこまでかかりません。

5. ナッジ理論の課題

ナッジ理論の課題としては、効果の持続性や適切な情報提供が挙げられます。
一時的な行動変化を促すだけでなく、長期的な継続性を確保するためには、継続的なフォローアップやフィードバックが必要になります。
また、ナッジを行う際には、透明性や個人の選択を尊重する姿勢が求められます。
ナッジ理論はこれまで多くの分野で応用され、その有効性が実証されています。
今後も倫理的な観点を重視しつつ、適切な手法で人々の意思決定をサポートするために、引き続き研究や実践が進められていくことが期待されています。

【参考サイト】
世界の「ナッジ」事情 ~行動変容をそっと後押しするコツ~
https://www.clair.or.jp/j/forum/forum/pdf_378/04_sp.pdf
「ナッジ」とは? 日本版ナッジ・ユニットBEST
https://www.env.go.jp/content/900447800.pdf
明日から使える ナッジ理論
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500407.pdf