はじめに

先日、私はGoogle Cloud Next Tokyo 2025で、「三越伊勢丹が取り組むAIドリブンでのECサイト顧客体験の向上施策 – Vertex AI Search for Commerce とは」というセッションを聴講しました。このブログでは、そのセッションで発表された、三越伊勢丹のECサイトにおけるAIを活用した顧客体験向上への具体的な取り組みについて、その詳細を共有したいと思います。

セッションの概要

このセッションは、三越伊勢丹がECサイトの顧客体験をAIドリブンで向上させるために導入している「Vertex AI Search for Commerce」に焦点を当てていました。百貨店という伝統的なビジネスモデルを持つ三越伊勢丹が、デジタルトランスフォーメーションをどのように推進しているのか、特にAI技術をどのように顧客体験の向上に結び付けているのかが詳しく紹介されました。

セッションの内容

 1. 三越伊勢丹の取り組み

三越伊勢丹は、世界中から”を目指しています。この目標達成のために、事業領域を世界的規模、24時間365日の時間軸、物理的な空間、そして多様な用途へと拡大しています。

特に注目すべきはOMO(Online Merges Offline)戦略です。これは、オンラインとオフラインの垣根を取り払い、顧客体験を最大化することを目的としており、オンライン機能を効果的に活用してオフラインとの相乗効果を生み出すことを目指しています。

具体的な事例として、「ランドセル」の販売が挙げられました。 昨年度の「ランドセルフェスティバル」では、入学を控える親子を「催事場へ集める」コンテンツを提供し、DID会員、エムアイカード会員、三越伊勢丹アプリ会員の獲得に成功しました。OMO推進により、EC化率約90%を達成し、店頭の行列改善にも繋がりました。

しかし、ここには課題がありました。これまでのシステムでは、例えばランドセルの商品詳細ページを見ると、過去に検索したブランドやアイテムの関連商品(類似商品)ばかりが提案されていました。ワインの場合も同様で、関連するワインしか表示されませんでした。これは「予期せぬものに出会えない」という顧客体験上の課題を示しており、利用拡大に向けた「対策が必要」と認識されていました。

この課題に対し、三越伊勢丹は「利用拡大に向けた対策」として、「ひと(Human Touch)」と「AI」の融合を重視しました。

  • 「ひと」の部分では、楽しさやブランドストーリー、店舗での情報もオンラインで提供する「Story」を通じて「出会える」体験を提供します。
  • 「AI」の部分では、顧客に「ぴったり」のレコメンドや、カテゴリーやジャンルを超えて新しい出会いがある「Serendipity(セレンディピティ)」の実現を目指しました。

この両者を組み合わせることで、顧客理解を深め、「あなたにぴったりのレコメンド」を実現し、「探しているもの/予期せぬものに出会える」体験を創出するために、「AIソリューション」の選定に至りました。

2. Vertex AI Search for Commerce

三越伊勢丹が選定したAIソリューションが、Google品質のパーソナライズされた商品検索ソリューション「Vertex AI Search for Commerce」です。これを三越伊勢丹オンラインストアへ導入することで、「Serendipity」の顧客体験が進化するとされています。

Vertex AI Search for Commerceには、主に以下の4つの機能があります。

  • 検索とブラウジング: Eコマース向けに高度に調整されたGoogle品質の商品検索によって、検索とブラウジングの両方での収益を最適化します。
  • 会話型検索: 生成AIが顧客と対話することで幅広い検索クエリを絞り込み、目的に合った最適な商品を提案します。短いクエリを質問に変換する機能も有しており、曖昧な疑問もガイドします。
  • レコメンデーション: 過去のユーザーイベントを元にパーソナライズされたレコメンドを提供します。
  • AIによる商品理解: 商品画像をVision AIで読み取り、視覚情報を元にランキング付けや類似商品の検索を提供します。

導入後の事例では、その効果が明確に示されました。 ランドセルの商品詳細ページを見た際に、以前は類似のランドセルばかりが提案されていましたが、導入後はスーツケース、ペットフード、ワイン、寿司、アイスクリームといった関連性の高い多様な商品が提案されるようになりました。また、別のランドセルや、ワイン、ベッドなど、より幅広い、しかし顧客の潜在ニーズに響く可能性のある商品が表示されています。ワインの例でも、以前はワインばかりだったのが、導入後はワイングラスやフライパンなど、関連するがジャンルの異なるアイテムも提案されるようになっています。これはまさに「探しているもの/予期せぬものに出会えた」体験の実現です。

この導入による効果は数値にも表れており、商品詳細ページにおける改善効果として、これまでのソリューションとの比較で以下の成果が出ています。

  • CTR(クリック率): 約1.4倍
  • カート追加率: 約1.2倍
  • CVR(コンバージョン率): 約1.3倍

これらの指標は、Vertex AI Search for Commerceが顧客エンゲージメントと売上向上に大きく貢献していることを示しています。

3.今後の取り組み

セッションでは、今後の取り組みとして以下の方向性が示されました。

  • レコメンデーション: 精度の向上によるLTV(顧客生涯価値)の向上。
  • 検索機能活用: UX(ユーザーエクスペリエンス)の改善。
  • AI動画生成: 「Veo S」のような新しい技術の活用。
  • バーチャル試着: 顧客体験のさらなる進化。

そして、今後のテクノロジーとの向き合い方について、重要なメッセージが伝えられました。それは、「テクノロジー・AIが主役になるのではなく、ひとがテクノロジー・AIを活かして個客と深くつながる未来」を目指すというものです。三越伊勢丹のMISSION(存在意義)は「こころ動かす、ひとの力で。」であり、AIはあくまで「ひと」が顧客とより深く繋がるための強力なツールであると再確認されました。

まとめ

今回のセッションを通じて、私はAIが単なる効率化ツールに留まらず、いかに顧客体験を豊かにし、ビジネス成長に貢献するかを深く理解することができました。

最も印象的だったのは、「予期せぬものに出会えない」という課題に対し、「Serendipity」という概念でAIを活用して解決しようとしている点です。従来のECサイトでは、ユーザーの行動履歴や閲覧履歴に基づいた類似商品の推薦が主流であり、これはある意味でユーザーの行動を予測しやすい反面、新しい発見の機会を奪っていたとも言えます。Vertex AI Search for Commerceは、顧客の意図を深く理解し、関連性の高い異ジャンルの商品をも提案することで、顧客の好奇心を刺激し、新たな購買意欲を喚起する可能性を秘めていると感じました。これは、百貨店が持つ多様な商品群と、お客様への「おもてなし」という側面をオンラインでも実現しようとする、三越伊勢丹ならではの挑戦だと感じました。