DX開発事業部の前野佑宜です。
AWS re:Invent 2025の4日目にExpoにて開催されたセッション「Modernizing Operational Technology for AI-power Manufacturing (IND370)」についてのセッションレポートです。

セッション概要

本セッションでは、製造業におけるAI活用の現状と課題、そしてそれを乗り越えるためのオペレーショナル・テクノロジー(OT)のモダナイゼーション戦略について解説されました。

多くの製造業者がAI導入に関心を寄せており、実際に、ビジネスリーダーの80%が、生成AIによるクローズドループ製造システム(リアルタイムな生産調整や変動の削減)の可能性を認識していると言われております。しかしその一方で、AIシステムを大規模に実装するために不可欠な「最新の産業データアーキテクチャ」を構築できている組織は、わずか30%にとどまっています。

従来の製造現場におけるデータ管理モデル(ISA 95モデル )がデータのサイロ化を招き、イノベーションの妨げとなっている現状があります。
そこで、「AIシステムズ・エンジニアリング」というアプローチを用いて、製造プロセス自体を再定義し、ITとOTを真に統合した「未来の工場」を構築するための具体的なフレームワークが提示されました。

※製造業におけるシステムの階層構造と、異なるシステム間(特に経営層と製造現場)でのデータ連携を定義するための国際的な標準規格および参照モデル

AI導入における「耐久性のあるニーズ」と「3層アプローチ」

「耐久性のあるニーズ」

まず、製造業がAI導入において焦点を当てるべきは、流行のモデルを追うことではなく、以下の3つの「耐久性のあるニーズ(Durable Needs)」を満たすことであると定義されました。

  • 変動の削減: 予測可能性を高め、KPIを安定させる。
  • 従業員のエンパワーメント: AIによる認知負荷の軽減と、人間らしい推論の支援。
  • 実行スピードと再最適化: 変化する状況に対し、手動では不可能な規模と速度で対応する。

「3層アプローチ」

これを実現するための技術的基盤として、AWSは以下の「3層アプローチ」を推奨しています。

  • 第1層(トップ):デジタル構成型成果物
    プロセス全体の再定義と、オペレーター向けの共通ユーザーインターフェース(UI)の構築。
  • 第2層(ミドル):産業データファブリック
    データサイロを解消し、OTデータをコンテキスト化して大規模な横展開を可能にする基盤。
  • 第3層(ボトム):アプリケーションのモダナイゼーション
    セキュリティを維持しつつ、ハイブリッドアーキテクチャ上でレガシーシステム(SCADAやMESなど)を刷新する。

カオスを自動化しない「AIシステムズ・エンジニアリング」

セッションの中では、特に「カオスを自動化してはいけない(Don’t automate chaos)」という言葉が強調されました。Amazon 取締役Andrew Ng氏の言葉にもある通り、既存のワークフローにただAIをプラグインするだけでは意味がありません。

既存の非効率なプロセスにAIをプラグインするのではなく、「AIシステムズ・エンジニアリング」の視点でワークフローをゼロベースで設計し直す必要があります。その際、タスクのリスクと複雑性に応じた「2×2のマトリクス」を用いて、適切なツールを選択する戦略が紹介されました。

図の軸(縦:複雑性、横:リスク)に基づくと、以下のような分類になります。

  • 低リスク/低複雑性(左下): 「自動化(Automated)」が最適。ルールベースRPAなどでコスト効率を重視する
  • 低リスク/高複雑性(左上): 「エージェントに委任(Collaborate – Delegation)」。認知負荷を下げるため、AIにタスクを任せる
  • 高リスク/高複雑性(右上): 「AIアシスタント(Assist)」。難易度もリスクも高いため人間が作業しますが、AIがトラブルシュート等のガイダンスを提供する
  • 高リスク/低複雑性(右下): 「Human in the Loop(Collaborate)」。単純作業でもリスクが高いため、AIの推奨を人間が承認してから実行する

このように、すべてのタスクを完全自律型にするのではなく、タスクの性質に合わせてAIの関与度合いを戦略的に使い分けることが重要です。

まとめ

本セッションは、製造業の現場(OT)とITの融合がいかに重要か、そしてそれを実現するための具体的なロードマップを示してくれる内容でした。
個人的に最も印象に残ったのは、「記録のシステム」から「行動のシステム」への移行という視点、そして「カオスを自動化するな」という言葉です。 最後に紹介されたAmazon CEO Andy Jassyの言葉が、この変革の本質を突いているなと思いました。

“Speed is a leadership decision.”(スピードはリーダーシップの決断である)

AIエージェントや生成AIというバズワードに踊らされず、それが「どのタスクのリスクや複雑性を解決するのか」を見極めるエンジニアリング視点を持つことが、今後の開発において非常に重要になりそうです。