AWS re:Invent 2025で開催されたDr. Werner Vogelsのクロージングキーノートの参加レポートです。

過去14年間にわたりキーノートに登壇してきたWernerですが、今年が最後の登壇となるそうで悲しいです。「AWSには新しい声が必要である」と、次世代へバトンを渡す姿勢を示したかなりエモい幕開けでしたが、語られた内容は開発者の原点と未来を考えさせる内容でした。

概要

開発ツールはアセンブリ言語から現代のIDE、そしてAIによるコード生成へと進化を続けています。
しかし、ツールがどれほど進化しても、開発者にとって変わらず重要なスキルやマインドセットが存在します。

スピーカーはこれを 「The Renaissance Developer」 として定義し、以下の5つの柱を中心に話を展開しました。

  • Curiosity(好奇心)
  • Systems Thinking(システム思考)
  • Communication(コミュニケーション)
  • Ownership(オーナーシップ)
  • Polymaths(知識の幅)

開発ツールの進化と変わらない本質

キーノート前半では、開発の歴史が振り返られました。かつてのアセンブリ言語やモノリシックなアーキテクチャから、クラウドサービスやマイクロサービス、そしてAI支援による開発への変遷です。

新しいツールや言語が登場するたびに、開発者に求められるスキルセットは変化してきました。しかし、「ツールはあくまで手段であり、重要なのはそれを使ってどのような課題を解決するかだ」と強調していました。

Amazon自身も1990年代後半にモノリスからマイクロサービスへ移行しましたが、それは技術的な流行ではなく、拡張性とスピードを求めた結果でした。このように、技術選定の背後にある「なぜ」を理解することが、現代の開発者には求められています。

The Renaissance Developer Framework

Wernerが提唱した Renaissance Developer の5つの要素について、それぞれの要点を紹介します。

1. Curiosity
新しい技術に対する好奇心を持ち続けることの重要性が語られました。特に印象的だったのは、「実験と失敗」を学習プロセスの一部として受け入れる姿勢です。AWSの顧客事例を見ても、革新的なソリューションは常に試行錯誤の中から生まれています。

2. Systems Thinking
個別のコードだけでなく、システム全体を俯瞰して見る能力です。複雑なシステムの中でどこに介入すれば最大の効果が得られるかを見極める力の必要性が説かれました。

3. Communication
特にAI時代において、コミュニケーション能力はこれまで以上に重要になります。 キーノートでは、「Spec-Driven Development(仕様駆動開発)」というアプローチと、それを支援する「Kiro IDE」が紹介されました。

AIに正確なコードを書かせるためには、人間側が意図(仕様)を明確かつ論理的に伝える必要があります。曖昧な指示は曖昧な実装を生むため、自然言語による仕様定義の精度が関心の一部になっていきます。

4. Ownership
AIがコードを生成するようになったとしても、そのコードに対する責任は人間が負います。コードレビューや検証の重要性はむしろ増しています。品質を担保するための仕組みを作ること、そして自分たちが作ったものに対して最後まで責任を持つ姿勢を改めて強調しました。

5. Polymaths
最後に挙げられたのが「Polymath(博識家)」という概念です。特定のドメイン知識を深く掘り下げることはもちろん重要ですが、それと同時に幅広い分野への知識を持つことが、革新的なアイデアを生む土壌になります。例として、データベース分野の巨匠でありながら多様な分野に貢献したJim Gray氏が挙げられました。専門外の分野にも関心を持つことが、結果として専門分野の課題解決につながるという視点です。

まとめ

AIの台頭により「開発者の仕事がなくなるのではないか」という議論もありますが、今回のキーノートを通じて感じたのは、「AIはあくまでツールであり、それを指揮し、責任を持ち、システム全体を設計するのは人間の役割である」という強いメッセージです。

専門的な知識を持ちつつも、専門外の知識を吸収していく。好奇心を常に持つ。なんだか当たり前のことを言っているようにも聞こえましたが、また次に新しい技術がやってきても基本を守り、時代に適応していく力が必要なのだと感じました。