アイレットの歴史を語る上で欠かせない、cloudpack エバンジェリストこと後藤 和貴が、2026年春、アイレットを卒業します。

2010年の入社から16年。アイレットが数人の規模から現在の姿になるまで、常に第一線で発信を続けてきた後藤。
そして、広報として10年間その歩みを近くで見守ってきた私、羽鳥が対談を実施しました。

アイレットの特徴の一つである「エンジニア自身が発信する文化」を根付かせたのは、間違いなく後藤です。
その活動の軌跡を辿りながら、アイレットの歴史を振り返っていきます。


後藤のアイレットでの歴史

2010年、cloudpack 提供開始。すべてはここから始まった

羽鳥:
後藤さんと一緒に立ち上げたオウンドメディア「iret.media」で、まさか後藤さんの卒業企画をすることになるとは・・・。後藤さんがアイレットに入社したのは2010年2月。後藤さんといえば「cloudpack のエバンジェリスト」として、これまで様々な場所で登壇や情報発信を行なってこられました。


2013年撮影


後藤:
入社した2010年当時は、日本にクラウド市場なんて全くない状態でした。だからこそ「エバンジェリスト」という役割で、まずはクラウドについて知ってもらおうと日本全国を飛び回っていましたね。
特に、日本の AWS ユーザーグループ「JAWS-UG」には2010年の発足時から中心メンバーとして関わり、全国で精力的に講演活動を行ないました。「アイレット」や「cloudpack」の名が知られるようになったのは、こうしたコミュニティ活動を地道に続けた結果だと思っています。


羽鳥:
その活動が評価され、コミュニティの成長に大きく貢献した人物に贈られる栄誉ある称号「AWS Samurai」を初代で受賞、さらに翌年も連続受賞されました。まさにアイレットの「発信」の象徴としての活動でした。

参照:AWS Samurai 受賞記念!初代 AWS Samurai と新鋭が語る「技術コミュニティ」がもたらす価値とは


AWS Summit での登壇


後藤:
本当に多くのイベントで登壇させてもらいましたが、クラウドの認知拡大のために様々な施策を打つ中で、個人的に最も印象深い、初めての経験となったのが、一般の方にもクラウドを知ってもらう目的で始まった若者生態バラエティ番組「みんなのクラウド教室」です。今でこそ YouTube での訴求は当たり前ですが、2016年の時点で、ガングロギャルやゲーマー、アイドルの方々と共に「身近なところでクラウドがどう活用されているか」を動画コンテンツで発信するというこの企画は、「本当にこれでいいのか?」と正直怖がりながらも、認知拡大に向けた非常に貴重な挑戦だったと感じています。


羽鳥:
エバンジェリストとしての活動が目立ちますが、実は新サービスや新事業の立ち上げにも数多く携わってきましたよね。


後藤:
そうですね。動画配信サービス「streampack」の事業・プロダクト開発や、Rackspace(ラックスペース)との事業に関する交渉のためにスイスやオーストラリアを訪問したこともありました。2017年の KDDI グループ化の際も、当時の広報責任者と裏側で発表の準備をしたり、初のマルチクラウド事例を創出したりと、イベント登壇以外でも多岐にわたる領域に携わらせていただきました。

転換点:オフィス移転、KDDI グループ化、そしてコロナ禍

羽鳥:
16年間を振り返って、「ここがアイレットの転換期だった」と感じる出来事はありますか?


後藤:
まずは2015年の「虎ノ門ヒルズへのオフィス移転」ではないでしょうか。案件の増加に伴い採用を活発化させる必要があった時期で、夜8時からのカジュアルな会社説明会「虎はち会」が始まったのもこの頃です。


羽鳥:
実は私、「虎はち会」の参加者からの入社第一号なんです!(笑) おしゃれなオフィスは「ここで働きたい」という気持ちを強く後押ししてくれました。


後藤:
その次は2017年の「KDDI グループ化」ですね。アイレットの技術力とベンチャー精神に、KDDI という盤石な経営基盤が加わったことで、売上も従業員数も大幅に成長していきました。その後も Google Cloud や Oracle とのパートナー契約締結など、止まることなく走り続けるのがアイレットらしさだと改めて思います。


羽鳥:
2019年には現在の事業推進本部のリーダーとなる阿部さんも入社され、体制が整ってきました。そんな矢先の2020年、コロナ禍がやってきましたね。


阿部も対談に駆けつけてくれました!


後藤:
あの時は本当に焦りました。予定していたリアルイベントが全て白紙に・・・。でも、「止まっている暇はない」とすぐにオンラインへ舵を切りました。
会社としても在宅勤務を推奨するなど、変化への対応は非常にスムーズだったと思います。この時期に、これまで自分が担っていたマーケティング・広報業務・パートナーアライアンスを阿部さんに引き継ぎ、僕自身はエバンジェリスト活動以上に「育成」に軸足を置くようになりました。

人事制度の設立と、後進育成への注力。発信文化の定着へ

羽鳥:
外部活動から社内の後進育成へとシフトし、アイレット初の社員認定制度を設立されましたね。


後藤:
発信してくれるメンバーが増えてきたからこそ、技術を軸に社内外で活躍する社員の貢献度や専門能力を正当に評価したいと考え、当時の「iret スペシャリスト認定制度(のちの iret テクニカルアンバサダー制度)」を立ち上げました。制度開始後も状況に合わせてアップデートを重ね、登壇のリハーサルや資料の確認など、伴走型の支援を続けてきました。


羽鳥:
「まずはアイレット、cloudpack の名前を広める」段階から「後進育成」へ。その根本にはどのような考えがあるのでしょうか?


後藤:
当初は知名度向上が第一でしたが、名前が広がった後は「現場のエンジニアが取り組んでいる凄いことを、いかに熱量を落とさず、分かりやすく届けるか」を追求してきました。育成についても、エンジニア自身が自分の仕事をしっかりと外部へ発信してほしいという想いがあります。登壇の機会が本人のキャリアに繋がるようサポートしたかったですし、羽鳥さんと立ち上げた「iret.media」も、アウトプットの絶好の機会になっているはずです。


羽鳥:
2024年に私が育休から復帰した際、後藤さんと「エンジニアの皆さんのワクワクを伝えるメディアにしよう」とコンセプトをアップデートしましたよね。


後藤:
改善活動に加え、認定者と共に実施したアウトプットの意義を普及するイベントなどの取り組みの結果、執筆者も増え、セッション数も大幅に成長しました。これからの「iret.media」のさらなる進化も楽しみにしています。

アイレットの面白さを、これからも変わらず発信してほしい

羽鳥:
改めて、16年間を振り返っていかがですか?


後藤:
フットサル仲間だった齋藤会長と出会ってから16年、従業員1,500名を超える大きな組織になりました。世の中の変化に合わせ、アイレットも常に変化を続けています。2026年4月に「KDDIアイレット」となる新章も、今からワクワクしています。

参照:AI 社会実装の加速に向け、事業会社「KDDIアイレット」を始動


羽鳥:
ずっと一緒にやってきた後藤さんがいなくなるのはすごく寂しいですが、後藤さんが築いてくれた「発信し続ける文化」は、私たちがしっかり引き継いでいきます。
最後に後藤さんからメッセージをお願いします。


後藤:
ありがとうございます。これまで長い時間をかけて土壌を耕し、蒔いた「発信し続ける文化」の種は、羽鳥さんをはじめとする優秀な仲間たちによって、KDDIアイレットという新たなステージで大きく花開くと確信しています。新章を支えるエンジニアの皆さんの活躍が、アイレットのさらなる発展につながることを心から楽しみに、これからもずっと見守っていきます。16年間、本当にありがとうございました!

編集後記

2010年から今日まで、後藤さんがアイレットに刻んできた足跡は、そのままアイレットの成長の歴史でもあります。
後藤さんの卒業は社員にとって寂しいニュースですが、これは後藤さんにとっても、そして私たちにとっても新しい挑戦へのスタートラインです。

後藤さん、16年間本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!