この記事は、Google Cloud Next ’26 のセッションレポートです。
セッション情報
- セッション名: What’s new with Gemini Enterprise app(BRK1-055)
- 登壇者:
- Jamie de Guerre(Senior Director, Outbound Product Management, Google Cloud)
- Dev Tagare(Senior Director, Engineering, Google Cloud)
- Aaron Purcell(Managing Director, Internal Innovation, KPMG)
- Lisa Knab(Head of Agentic Use Case Management, Signal Iduna)
先に30秒でまとめ
発表されたもの:Gemini Enterprise に、自律的に動くエージェントを作る新機能(Long-running Agents、Agent Designer など)がまとめて Preview で公開されました。同時に、企業で安全に運用するためのガバナンス機能も段階的にリリースされる予定です。
何が変わったか:
- エージェントが「数時間のチャット相手」から「数週間走り続ける自律的な労働力」へ
- 自律性と企業運用の安全性を両立させるため、フルコード + ノーコードの二層構造へ
具体的に何が嬉しいか:AI エージェントを本番業務に組み込むためのピースが揃ってきました。裏側のアーキテクチャ刷新で応答速度も上がり(p95 レイテンシ 40% 削減)、開発者がエンタープライズで使えるエージェントを設計しやすくなります。
目玉機能:Long-running Agents と Agent Designer の組み合わせ。フルコードの自律エージェントに対してノーコードでガードレールを設定し、安全に業務に組み込める設計です。
印象的だった事例:ドイツの保険会社 Signal Iduna が健康保険エージェントで問い合わせ転送率を 3% まで落とした(97% が初回コールで解決)事例です。
特に注目したい3つの新機能
- Long-running Agents と Agent Designer — 今回の目玉。自律エージェントをノーコードのガードレールで守りながら、エンタープライズ運用を両立
- Agent Gateway — エージェント運用の統一的な通過点。Preview で今すぐ試せる
- プランナーのフラット化 — すでに本番ロールアウト済み。p95 レイテンシ 40% 削減

上のスライドが全体像です。上段に Gemini Enterprise App(従業員向けのアプリ層)、下段に Gemini Enterprise Agent Platform(基盤)があり、今回の発表はこの2層を貫いて行われました。以下、アプリ層 → Platform 層 → エコシステム → 実装事例の順で見ていきます。
1. Gemini Enterprise App の新機能
アプリ層には、エージェントと人間の協働を支える機能がまとめて Preview で公開されました。
Long-running Agents
サンドボックス内でコードを書いてツールを自作し、自己評価しながらやり直しを繰り返し、数時間から数週間走り続けるエージェントです(Preview)。今回の発表の中心に置かれた機能で、従来のチャットエージェントの延長ではなく、別の動作モードとして設計されています。

Agent Designer
ノーコードでエージェントを作成・テスト・公開できるエディタです(Preview)。自然言語と UI の両方で編集でき、トリガーにはスケジュール、チャット、メール、コネクタアクションが使えます。BYO Nodes で REST API や独自の MCP サーバーをノードとして組み込むこともできます。

予測的な振る舞いと決定論的なロジックを組み合わせられるのが特徴で、Long-running Agents を配置して業務フローに組み込むこともできます。登壇では銀行のローン処理デモがあり、フルコードの Loan Processor Agent を Agent Designer に配置して、「日次で未処理ローン10件を取ってきて、リスク判定に応じて ServiceNow にチケットを切る」という運用フローに仕立てていました。

「エージェント的な推論の柔軟性」と「エンタープライズに必要な決定論的な挙動」は普通トレードオフなんですが、Long-running Agents(フルコードの自律性)と Agent Designer(ノーコードの制御)を層として分けることで、Google はこの両立を狙ってきた、と読めます。
Inbox、Skills、Canvas、Projects
同時に Preview で登場したのが、エージェントと人間の協働を支える4つの機能です。




- Inbox: バックグラウンドで動くエージェント群の通知センター
- Skills: 特定のタスクを標準化して呼び出せるようにする仕組み
- Canvas: Workspace や M365 のドキュメントを Gemini Enterprise 内で作成・編集する機能
- Projects: 複数のメンバーとエージェントが共有コンテキストで作業する永続的なワークスペース
| 機能 | ステータス |
|---|---|
| Agent Designer | Preview |
| Long-running Agents | Preview |
| Inbox | Preview |
| Skills | Preview |
| Canvas | Preview |
| Projects and collaboration | Preview |
2. Agent Platform の新機能
基盤側では、ガバナンス機能の拡充と、エージェント内部のアーキテクチャ刷新という2つの動きがありました。
ガバナンス機能

Agent Platform 側では、エンタープライズ運用に必要なガバナンス機能がまとめて整理・拡充されました。以下、登壇で触れられた機能を順に見ていきます。
Model Armor は LLM アプリケーション向けのセキュリティ層で、プロンプトインジェクションや jailbreak 攻撃からエージェントを守ります(GA)。監査ログ はすべての呼び出し、クエリ、応答を記録します(GA)。運用上のベースラインはここで確保できます。
Agent Observability は、エージェントごとのセッション数、平均ターン数、呼び出し回数、モデル使用量、レイテンシといった全体メトリクスをダッシュボードで確認できる機能です(Preview)。実行経路は DAG(有向非巡回グラフ)としてトレースでき、LLM 呼び出しや境界越え、レイテンシをステップごとに分解できます。

Agent Gateway は、クライアントとバックエンドリソース(モデル・API・ツール・ユーザーが持ち込む MCP サーバー)の間に挟まる単一のチョークポイント。全入出力のポリシー強制と観測を一元的に行う設計です(Preview)。

Agent Identity と Agent Registration は、エージェントのライフサイクル管理に関わる2つの機能です。いずれも Preview at Next ’26 ラベルが付いています。Agent Identity は SPIFFE ベースの仕組みで、「Dev が自分で操作したのか、Dev のエージェントが代理で操作したのか」を区別でき、セッション終了後にアクセス権が一時的に消えます。登壇者の Dev Tagare さんは、競合プロダクトに対する大きな差別化要素だと強調していました。Agent Registration は、中央カタログである Agent Registry に登録済みのエージェントを、Agent Registry Card 経由で Gemini Enterprise インスタンスに追加する仕組みで、OAuth でエージェントを選んで追加できます。

Sensitive Data Protection は PII マスキング機能で、チャット応答がユーザーに表示される前に PII を自動マスキングするポリシーを適用できます(Preview at Next ’26)。

アーキテクチャ刷新 — プランナーのフラット化

Gemini Enterprise のエージェントは、内部で「プランナー」と呼ばれる司令塔が動いていて、ユーザーの指示に対してどのツールをどう使うか決めています。
このプランナーのアーキテクチャが最近切り替わったばかりです。以前は agent → sub-agent の階層モデルでしたが、「プランナーは単なるディスパッチャ、周辺はすべてツール」というフラット構造に変更されました。Skills registry によって各エージェントが自分のケイパビリティを把握するので、誤呼び出しとハルシネーションが減る、という説明でした。
効果として、p95 レイテンシ(95 パーセンタイル、大半のユーザーが体感する応答速度)が 40% 下がったと明言されています。Preview の話ではなく、すでに本番に乗っている点が重要です。
フラット化の次のステップとして、Q2 には Long-running Agent モードがプラットフォーム本体にマージされる計画です。universal context(長期メモリ)、checkpointed state(数週間にわたるセッション再開)、heartbeat と time-based trigger が入る予定で、スライド右側の図には VMaaS Sandbox w/ Skill Cache、Browser use、MCP Apps が描かれています。いまは Long-running Agents が別機構として乗っている状態ですが、Q2 にこれが本流に統合される、というロードマップですね。
| 機能 | ステータス |
|---|---|
| Model Armor Integration | GA |
| 監査ログ(すべての呼び出し・クエリ・応答) | GA |
| Flattened planner + Skills | 既に本番ロールアウト済み |
| Agent Gateway | Preview |
| Agent Observability(全体メトリクス、DAG trace) | Preview |
| Long-running Agent モード(universal context、checkpointed state ほか) | Q2 |
| Agent Identity(SPIFFE) | Preview at Next ’26 |
| Agent Registration | Preview at Next ’26 |
| Sensitive Data Protection | Preview at Next ’26 |
3. エコシステム: Marketplace と Agent Gallery

Google Cloud Marketplace を通じて、サードパーティのエコシステムエージェント(Oracle、Manhattan、Lovable、Box、Atlassian、Palo Alto、S&P Global、Salesforce、ServiceNow、Workday など)が利用可能になりました。

Gemini Enterprise 内の Agent Gallery からは、Google 製のエージェント(Deep Research、Idea Generation、Writing editor、NotebookLM など)、Marketplace 経由のエージェント(Workday Assistant、Jira Backlog Groomer、ServiceNow Ticket Router、Box Document Synthesizer など)、自組織で作成したエージェントが一覧できます。エコシステムとしての厚みが出てきた感がありますね。
4. 実装事例: KPMG と Signal Iduna

KPMG は5ヶ月で合計 50,362 ユーザーにアクセス拡大、US 従業員では採用率 89% に到達。時短効果は1月の 3.4時間/人から3月には 5時間/人まで伸びています。社内で作られたローコードエージェントは 11,844 個という数字も印象的でした。

Signal Iduna は創業120年以上のドイツの保険会社で、11,000 人全従業員に一斉展開し、MAU は 80% 超。目玉の健康保険エージェント「Co SI」では、導入から3ヶ月で使用量が 400% 増加し、問い合わせの転送率が 3% まで落ち、97% が初回コールで解決できるようになりました。レガシーな業界で全社展開まで持ち込めている点が示唆に富む事例です。
おわりに
今回の発表で一番気になったのは、Long-running Agents と Agent Designer の組み合わせです。フルコードで自律的に動くエージェントをエンジニアが作り、その上に業務担当者がノーコードでガードレールを被せる、という二層構造の設計思想。自律性と決定論的制御という、普通はトレードオフになる要件を両取りしにきた、という見方ができます。
この設計でさらに面白いのは、業務を一番よく知っている人が自分でエージェントを組めるようになる点です。エンジニアがヒアリングして作るより、業務担当者本人が組む方が手触りの良いものが速くできる可能性があります。AIエージェント導入のボトルネックが「誰が作るか」にあったとすれば、そこに答えを出してきた設計ですね。