セッション情報

  • セッション名: After software: Anthropic’s vision for the next era of enterprise AI
  • 登壇者: Eric Burns 氏(Member of Technical Staff, Anthropic)

先に30秒でまとめ

  • 発表されたもの: Anthropic によるビジョン講演。エンプラ AI のこれから10年をどう見ているか、という話
  • 何が変わったか: 「社内のシステム同士が繋がらない」という長年の宿題に、AI エージェントで片をつけられそうだ、というところまで来た
  • 具体的に何が嬉しいか: 繋ぎこみのコードを人間が前もって書いて、ずっと面倒を見続ける必要がなくなる。必要になったその時にエージェントが書いてくれるし、API が変わっても勝手に追いかけてくれる
  • 一番強い主張: 繋ぎこみの問題が片付けば、ソフトウェアは前もって設計して作り込むものではなく、必要なときにその場で湧き出てくるものに変わる。その先にあるのは「効率化」ではなく「人が愛せるプロダクトを作る」時代
  • 印象的だった事例: 16 体のエージェントを 2 週間ほぼほったらかしにして、$20,000 で 10 万行の C コンパイラを作らせた実験。そして架空の SaaS 企業 Syntara の経営報告を、チャットでの指示1本で複数システムから組み上げて見せたデモ

長年解けなかった宿題 — システム統合

エンタープライズソフトウェアの現場では、みんな同じ宿題を抱えてきました。社内のシステム同士が、ろくに会話できない という問題です。

大企業のシステムは、普通に数えて 300 本から 500 本あります。営業は Salesforce、マーケは HubSpot、人事や財務は別々の SaaS、データ基盤は Snowflake、コミュニケーションは Slack と SharePoint、コードは GitHub と GitLab が混在している。それぞれは優秀なのに、隣のシステムとはまともに話が通じない。

この問題は、何十年も片付いていません。繋ぎこみのコードを書いても、API が変わるたびに壊れる。ETL、API ゲートウェイ、iPaaS と、新しい技術が次々に登場しても、結局みんな「繋ぎこみのしんどさ」の周りをぐるぐる回り続けていた、というのが正直なところです。

このセッションが伝えているのは、この宿題に、AI エージェントで答えが出せそうな段階まで来た、という話です。そしてこの宿題が解けたとき、エンタープライズソフトウェアの作り方そのものが変わっていきます。

問題と資本を渡せば、解決策が勝手に育つ

エージェントが、どこまで重い仕事を自力でこなせるのか。象徴的な実例が一つ紹介されていました(詳細は末尾の関連記事1)。

16 体のエージェントを 2 週間ほぼ放し飼いにしたら、人間がほとんど手を動かさずに、10 万行規模の C コンパイラが出来上がった。 API コストは $20,000。出来上がったコンパイラは、Linux 6.9 kernel を x86、ARM、RISC-V のどれでもビルドできる水準です。これまでなら数人のチームが数ヶ月かけて取り組む仕事が、指示と予算を渡すだけで動き出す、という結果でした。

ここで起きているのは、単にコードが書けるという話ではありません。お題と予算さえ渡せば、解決策が自分で育っていく仕組み が形になり始めている。さらに進んだパターンでは、エージェントが自分の書いたコードを自分で評価して、改善を続けるループまで組み込まれています。

お題と予算を渡せば、解決策が勝手に育つ。この仕組みを、そのまま繋ぎこみ問題に向けたらどうなるか。ここから先の話です。

エンタープライズ統合の「最終解」

繋ぎこみのしんどさの正体は、突き詰めると二つです。書くのが大変 なこと、そして 変わるたびに追いかけ続けるのが大変 なこと。どちらも、人間が手で書いているから生まれてきた痛みです。

ここにエージェントを置くと、話が根っこから変わります。繋ぎこみのコードは、あらかじめ人間が書いて保守しておくものではなくなる。必要になったその時にエージェントが書く。API やデータ元が変われば、エージェントが自分で気づいて書き直す。不具合や副作用も、ループの中で吸収されていく。

つまり「統合プロジェクト」という仕事のかたちそのものが、消えていくということです。

繋ぎこみが解けるというのは、言い換えると、必要なシステムを、必要なときに、必要な形で繋げられるようになる という話でもあります。どのシステムとどのシステムを繋ぐかを、あらかじめ決め打ちしておく必要はなくなる。その場の業務ニーズに合わせて、手元にあるシステムが自在に組み合わさっていく。

こうなってくると、エンタープライズソフトウェアの前提そのものが変わります。

ソフトウェアは、必要なときに湧き出てくるものに変わる

繋ぎこみのコストが消えれば、手元にあるシステムとデータを、いつでも好きな組み合わせで使えるようになります。
ということは、ソフトウェアをあらかじめ設計して作り込み、その後も面倒を見続ける、という今までのやり方そのものが必須ではなくなっていく。
必要になったその時にその場で生成して使う、というあり方へ、ソフトウェアの立ち位置が寄っていきます。これが「ソフトが流動的に生成される」の中身です。

これまでは、新しい業務ニーズが出てきても、「どのシステム同士をどう繋ぐか」を決めるところから設計が始まっていました。
そのコストがあまりに大きいので、見合う問題にしか手をつけられなかった。大半のアイデアは、MVP にすらたどり着かずに消えていった、というのが現実です。

繋ぎこみのコストがゼロに近づくと、この前提が外れます。
ソフトウェアは、事前に設計して作り込む資産ではなく、必要なときにその場で立ち上がって、役目を終えたらそれでいい、使い捨ての道具 に近づいていく。
業務の現場で「こういうダッシュボードが欲しい」「こういう分析が見たい」と言えば、その場で組み上がってくる。

この変化は、開発者だけの話ではありません。Anthropic が 2026 年に出してきた Cowork は、この「ソフトをその場で作る力」を、業務担当者の手元にも届けようというものです。
ターミナルを触らない業務の人が、自分で直接ソフトを組み上げて使える。業務を一番よく知っている人が、ソフトを一番早く形にできる世界が、現実になろうとしています。

デモ — その世界は、もうここまで動く

この「必要なときに湧き出てくる世界」は、絵空事ではありません。実物が、すでにチャットだけで動くところまで来ています。

舞台は、架空の SaaS 企業 Syntara(ARR $100M)。
投資ファンドの Meridian Growth Partners に買収され、「週次で取締役会向けの経営報告を出せ」と求められる、という設定です。
従来の「部門ごとにサマリーを集めて回る」やり方では、到底間に合いません。

Syntara の各システム(Salesforce、HubSpot、テレメトリー)には、あらかじめ MCP サーバー経由で繋げるようにしておく。
その状態で Claude に「React 版のボードパックを作って」とチャットで頼むだけで、データをライブで引っ張りながら、React のダッシュボードがその場で組み上がっていきます。
3 部門を横断して眺めて初めて見えてくる事実——「成長が減速している」「四半期比の数字が、前年比ではマイナスに転じている」——が、合成してみると一発で浮かび上がってきます。

続けて「8 四半期先の財務予測モデルを作って」と頼めば、ソースデータから Google Sheets 上にモデルが組み上がる。
モデルはただ計算するだけではなく、「Enterprise の 10 日アクティベーション率が 37.6% で低すぎる。ここが根本原因」とまで指摘してきます。
「その数値を 0.60 に上げたらどうなる?」とチャットで返すと、モデル全体が連動して更新され、ダッシュボードの EBITDA の動きまで、すぐに目で見えるようになる。

最後に「このモデルから Google Slides のデッキを作って」と頼むと、Executive Summary から始まる Syntara Q1 2026 Board Update が丸ごと出来上がる。
投資ファンド向けにそのまま出せる構成でした。

3 部門のデータを合成し、原因を特定し、財務モデルを作り、取締役会向けのデッキに落とす。
これを、ターミナルではなくチャットで、業務担当者の手で動かせる形で、その場で 立ち上げる。これまでなら数日かかっていた仕事が、一つの会話で終わる。
繋ぎこみ問題が解けた後の世界が、もうこのレベルで動き始めています。

ちなみに、このデモで使われていた Google Sheets と Google Slides への MCP 統合そのものも、必要になった瞬間に Claude に作らせたものでした。道具そのものを組み直す仕事まで、エージェントが引き受け始めている、ということです。

次に詰まるのは、機械ではなく人間のほう

ここまで来ると、次に詰まるのはどこか。機械のほうではなく、人間のほう です。

機械がいくら速くソフトを生成できても、それを受け取って、読んで、意味を理解して、判断する速度には限界があります。たくさんの選択肢、たくさんのアウトプット、たくさんの改善提案が一斉に流れ込んでくる世界では、判断する人の処理能力が、全体のスループットを決めることになる。

これからの差別化は、機械をどれだけ回せるかよりも、その出力を短い時間でどれだけ噛み砕けるか のほうに寄っていきそうです。

本当に面白いのは「効率化」じゃない

ソフトウェアがその場で湧き出てくる世界で、いちばん野心のない使い方は、「今まで人がやっていた作業を、安く、速くやる」です。これはこれで、確かに効く。でも、本質ではありません。

本当に面白くなるのは、今まで誰にも作れなかったプロダクトが作れるようになる ことです。

社員が自分から進んで使いたくなる社内ツール。お客さんが友達に勧めたくなる業務アプリ。ユーザが愛着を持ってくれる、新しいカテゴリの製品。こういうプロダクトが、ユーザが自発的に広げていく形で、世代を超えて使われるプラットフォームに育っていきます。

繋ぎこみ問題が解けた先に待っているのは、効率化の時代ではなく、人が愛せるソフトウェアが次々と生まれてくる時代 です。

おわりに

このセッションで一番引っかかったのは、最後のボトルネックが人間側に戻ってくる、という話でした。

機械がどれだけ速くソフトを作っても、それを読んで、意味を理解して、判断する人の速度には限界があります。このボトルネックは、「AI に任せれば楽になる」という素朴な期待とは逆のことを言っています。受け取る側の帯域も、一緒に引き上げないといけない。

これから数年、「AI を使える人」という言葉の意味は、「AI に指示が出せる人」から「AI の出力を短時間で噛み砕ける人」へ変わっていくはずです。自分の読む速度、判断する速度をどう鍛えておくか。地味だけど、一番準備しておくべき筋肉はここだと思います。

そしてもう一つ。Cowork で業務担当者が自分でソフトを組めるようになったとき、エンジニアの価値は「作る人」から「安全に作れる土台を整える人」へ寄っていきます。権限設計、データの取り扱い、監査の足跡、コスト管理。業務担当者には重すぎるこの領域を引き受けられるかどうかが、エンジニアの次の立ち位置を決めるのだと思います。

関連記事

  1. Nicholas Carlini “Building a C compiler with a team of parallel Claudes” (Anthropic, 2026/2/5)
  2. Prithvi Rajasekaran “Harness design for long-running application development” (Anthropic, 2026/3/24)