MBS(毎日放送)は、大阪府大阪市に本社のある近畿エリアの地上放送事業者です。近畿エリアでのチャンネルは「4」。テレビ番組を、放送終了から1週間無料で視聴できる見逃し配信専用の『MBS動画イズム』というオンデマンド配信サービスを2015年に開設していました。そして2016年12月、過去に放送された多岐にわたる番組コンテンツをオンデマンドでPCやスマートフォンで視聴できる、定額制有料動画配信サービス『MBS動画イズム444』をスタートしました。
『MBS動画イズム444』のシステムは、cloudpackがWebシステムの設計・構築・開発、さらにWebサイトデザインをワンストップで行いました。サーバーレス・アーキテクチャを存分に活用し、アジャイルスタイルの開発で、短期間での立ち上げに寄与しています。
定額制有料動画配信サービス『MBS動画イズム444』
『MBS動画イズム444』とは、ドラマ、バラエティ、アニメ、スポーツ、ドキュメンタリーなど、MBSで現在放送中の番組や過去の名番組を、インターネットに接続したPC・スマートフォンなどで視聴できるサービスです。月額444円(税抜き)の定額課金で、すべての作品を見放題で楽しむことができます。その特長は、他の有料動画配信サービスでは視聴できない、MBSが所有する大量の番組コンテンツとワンコイン切りの低価格(税込みで480円)にあります。
MBSの課題
動画配信の分野は、サービスが日進月歩で進化しています。視聴者ニーズの変化や新しい技術に機敏に追随していくためには、サービス設計、システム構築、運用の検討、コンテンツ権利者との交渉などを平行して進める必要がありました。
2016年8月、プロジェクトスタート
2016年8月にプロジェクトが発足。協業するベンダーが決まっていない中、MBS内部では、動画視聴のニーズが高まる年末年始までにサービスを開始するという決定が行われ、わずか数ヶ月という短期間でサービスを立ち上げる必要がありました。
特にサービスの基盤となるシステムの開発では、将来にわたりサービスをアップグレードしながら視聴者にベストな動画視聴体験を提供し続けられるよう、規模に応じたスケールはもちろん、技術の進化に追従できるシステムの開発を必要としていました。
有料動画配信サービスの要素
有料動画配信に必要な要素として、コンテンツ管理、動画保護、会員管理、決済管理、スマートフォン対応、そしてサービスの顔となるWebサイトデザインなどが挙げられます。
株式会社毎日放送 経営戦略室メディア戦略部の濱口伸氏は、プロジェクト発足当時を振り返り、次のように語っています。
有料の動画配信サービスを始めると言っても、ほぼゼロからのスタートでした。見逃し配信サイトの実績はありましたが、有料になると決済処理などのクリティカルな要素も加わりますし、視聴者にとって魅力的な新しいサービスを継続的に提供し続けなければならないといった課題もありました。放送業界はじっくりと考えるのが不得意ですから、次々と湧いてくる私たちのアイデアを、スピーディかつ低コストで実現できるインフラを構築・運用できるパートナーと組みたいと考えていました。
cloudpackの提案
MBSから相談を受けたcloudpackは、3つの考えを念頭において提案内容を検討しました。
- MBSが新しいサービスを次々と追加しながら視聴者に魅力的な動画配信を実現するためには、インフラの運用コストを限界まで低く抑える必要があり、MBSが新サービスの開発予算を捻出できるようにしなければならない
- 必要最小限のインフラでサービスを開始することができ、会員数の増加に比例して少しずつ投資額を増やしていく構成にしなければならない
- 4ヶ月後にサービスを開始するには、要所でPaaSやSaaSを活用し、さらに『開発』と『デザイン』をアジャイルに同時進行する
将来にわたりニーズの変化に柔軟に対応できる設計と、低コストな運用を実現するためのアーキテクチャという課題に対し、cloudpackでは、サーバーレス・アーキテクチャの全面採用、コンテンツ管理システムにサイボウズ社のビジネスアプリ作成プラットフォーム『kintone(キントーン)』を組み入れ、クレジットカード決済を『GMOペイメントゲートウェイ』に代行してもらうなど、要所でPaaSやSaaSを活用するなどの検討が行われました。
サーバーレス・アーキテクチャ『AWS Lambda』の全面採用による課題解決
動画配信システムは、深夜から明け方にかけて視聴者が減少する傾向があります。時間帯によって必要なシステムリソースが刻々と変化する特性に対して、柔軟に追従させられるサーバーレス・アーキテクチャがMBSのニーズにマッチしているはずだ、とcloudpackソリューションアーキテクトの比企宏之は確信していました。比企には、AWS Lambdaのサービス開始当初から、お客様案件や社内のMSP支援のバックグラウンド処理で活用した実績がありました。
一般的に利用されるAmazon EC2を使わず、AWS Lambdaを随所に利用し、さらにAmazon S3とAmazon CloudFrontでアクセスの高負荷に強い構成にすることで、インフラ全体の運用コストを削減しています。
AWS Lambdaを使ったサーバーレス化によって、サーバーの運用管理とキャパシティ管理が不要となるほか、副次効果としては、AWSが提供している強固なセキュリティ対策により、システムへの不正侵入に対するリスクが低減しています。
CMSは、サービス公開後も運用する中で柔軟に機能を追加・変更できる仕組みが重要となります。kintoneは、JSで作成して手軽に機能変更や追加などが実現できることが、MBSのニーズに合致しました。
またDBは、スケーラブルに対応するためによく利用されるAmazon DynamoDBを本システムでは使わず、S3とCMSとバックエンドの機能要件で使われているkintoneをDBとして活用することにしました。
AWSの急なスパイクでkintoneのAPIが一時的に捌ききれなくなったり、サービスが停止した場合でも、kintoneに直接データを登録するのはなく、Amazon SQSなどにキューイングさせるなど可用性を高める仕組みも取り入れています。
<この導入事例の技術的な解説は、cloudpack.jpの事例ページでご覧ください>
cloudpackの提案を受けて、濱口氏は唸ったと言います。
同時に複数のベンダーの提案を受けていましたが、レガシーなアーキテクチャでの提案が並ぶ中、cloudpackの提案は、私たちの将来やコストを考えた最新のアーキテクチャで、なおかつ他社サービスを組み合わせる工夫など、他のベンダーと比べものにならないほど高い評価でした。先々で動画コンテンツが増えていっても、システム自体を大きくしなくてもいい。まさに「AWSのガチ勢が本気を出すと、こんなにも美しく合理的な構成になるのか!」と驚きました。
cloudpackの提案に対する濱口氏からのフィードバックに、cloudpackの反応がとにかく早かったことにも驚いたと言います。
この人たちには「ちょっとお待ちください」という言葉が存在しないんじゃないかと思うぐらい、他のSIerと比較してもレスポンスが圧倒的に早かった。タイトなスケジュールでプロジェクトを進める必要があった私たちには、cloudpackと組むこと以外に選択肢がないと考えるようになりました。
開発とデザインの同時進行
cloudpackの提案はインフラだけに終わりませんでした。短期間でサービスを開始するために、開発とUI/UXデザインをアジャイルスタイルで同時に進めるという提案でした。
株式会社毎日放送 編成局 コンテンツビジネス部の中川貴博氏は、次のように述べています。
私たちの納期を考えたら、システム開発とデザインを別々に進める余裕はありませんでした。デザインがあがってきた後に、開発側が実装できないなんて、よくある話ですからね。私たちのイメージを形にしていくプロセスにcloudpackの開発とデザインのワンストップ体制が必要で、このプロジェクトの成功に欠かせない重要なファクターだとすぐに気がつきました。何よりもMBSのある大阪に必要なメンバーが揃っているというのが、大きな安心材料にもなりました。
中川氏のコメントにもあるとおり、cloudpackにはシステム開発とデザインのチームが存在し、同時進行でプロジェクトを進める土壌が整っています。
cloudpackデザインチームは『MBS動画イズム444』立ち上げの相談を受けてから、すぐに競合にあたるオンデマンド配信サイトの調査を開始しました。それぞれのサイトの特徴、UI/UX、スマートフォンへの対応状況、利用価格などを比較した資料をまとめ、MBSの要望を引き出すところからプロジェクトに参画しました。
要望がまとまり、ある程度の方向性が固まってきたところで、複数のドラフトデザインを起こしてMBSに提示。追加のアイデアやパーツの選定などのフィードバックを元に、改良した次のドラフトデザインを提示することを繰り返しました。MBSからのフィードバックはその都度、cloudpack内の開発チームにも伝えられました。動きのある要素は、MBSにデモを行いながら迅速にイメージを共有していきました。
デザインチームのリードで、開発チームと同期しながら最短コースでゴールに近づくよう進められていきました。
プロジェクトの開始から約1ヶ月半が過ぎ、システムの全容がほぼ確定しました。デザインと開発が同時進行したことで、ようやく12月のサービス開始に目処が立ちました。
『MBS動画イズム444』の展望
12月20日(火)計画どおりに『MBS動画イズム444』がスタートしました。視聴できる動画コンテンツは順調に増えています。2017年2月には1,100本を突破する見込みだと言います。MBSは年末年始のオンデマンド動画視聴の需要に伴い、有料会員の増加に期待を寄せています。
無事にローンチができ、ほっと胸をなでおろしながら濱口氏は次のように語ります。
短期間でしたが、計画どおりにプロジェクトが進み、私たちにとってベストな状態でサービスをスタートすることができました。サーバーレス・アーキテクチャのおかげで、インフラのコスト削減と負荷を気にしないシステムが実現できました。予算を次の機能追加やコンテンツの強化にまわしやすくなりました。ローンチしたばかりですが、視聴者からの反応は上々で、新たなリクエストが寄せられるなど手応えを感じているところです。視聴者に喜ばれるサービスを継続的に開発して、期待に応えていきたいと考えています。今後はモバイルアプリケーション関連のサービスも予定しています。
有料動画配信サービスは競合がひしめき合う厳しい市場で、視聴者ニーズもテクノロジーの進化にあわせて変化し続けています。『MBS動画イズム444』は、視聴者のハートをガッチリと掴み、ベストな動画視聴体験をお届けするサービスとして、これからも成長していくことでしょう。