こんにちは、gaipack本部 AIDDデザイン室ディレクターの木村です。

長年、デザインの仕事に携わっておりますが、常に順風満帆とはいかないものです。
予測不可能なトラブル、突然の仕様変更、そして予期せぬエラー……。
どんなに準備を重ねていても、それは突然やってきます。

そう、クリエイターにとって最大の恐怖──「ちゃぶ台返し」の危機です。
かくいう私も、ある大規模リニューアルプロジェクトを手がけていた際、背筋が凍るような絶望のシチュエーションに直面しました。

まずは、当時のプロジェクトがどれほど地道に積み上げられていたかのタイムラインをご覧ください。

1. 大規模ECサイトリニューアル「これまでの歩み」

プロジェクトの歩み
上記の図の通り、私たちは約1年半という膨大な時間をかけ、以下のようなプロセスを一つひとつ愚直に積み上げてきました。

フェーズ1:要求定義(約4ヶ月)

「誰に、何を届けるか」の土台固め

リニューアルのブレない軸を作るため、ユーザーの人物像や現状の課題を徹底的に言語化しました。

  • アクター定義
  • ペルソナ作成
  • カスタマージャーニーマップ(AsIs)作成

フェーズ2:要求定義続き〜デザイン着手(約3ヶ月)

「理想の体験」の設計図化

理想のユーザー体験から逆算し、サイトに持たせるべき機能や大まかな画面レイアウトへ落とし込んでいきました。

  • カスタマージャーニーマップ(ToBe)作成
  • ファンクショナリティマトリクス作成
  • 既存・リニューアル後ページ一覧作成
  • ワイヤーフレーム作成/レビュー

フェーズ3:ユーザビリティテスト〜デザイン(約9ヶ月)

「検証」と「体験の具現化」

ユーザーテストによる客観的な検証を踏まえ、最終的なUIデザインへと磨き上げる、最も時間とパワーをかけたフェーズです。

  • ユーザビリティテスト提案・準備・実施・報告
  • デザインコンセプト提案
  • デザイン作成
  • エキスパートレビュー(UI/UX、WEBアクセシビリティ)
  • クライアントデザインレビュー

ここまで約1年半をかけて進め、ついに全ページの8割までデザインがFIXし、ゴールが見えかけたと思いきや……。
「クライアント側の決済者を含めた担当者が、ごっそり全員総入れ替え」
というカタストロフが起こりました。

というのも、新しい担当者の方々は上述した「これまでの歩み」を知りません。
これまで築いてきた信頼はちゃんと引き継がれているのですが、それゆえ、「ここはもっとこうしたら良さそう」と、新しい要望が次々に湧いてきます。

つまり、、、
デザイン画面達の一瞬のちゃぶ台返し
これまで積み上げてきた膨大なデザインFIX達が、大幅に変更になるかもしれない大ピンチの襲来というわけです。
そこで、プロジェクトメンバーみんなで相談して「デザイン経緯説明会」を実施することにしました。

2. どう臨む?「デザイン経緯説明会」

ただとつとつと「これまでの経緯」を説明するだけでは絶対に失敗すると考えました。

  • 長時間、時系列でダラダラ説明しても誰も話が入ってこない
  • 「なんでこうなってるの?」「もっとこうしたい」という、新メンバーのデザインに対する疑問と新しい期待から生まれる要望で時間が溶ける。

⚠️ 結論

単なる「過去の読み上げ」は死亡フラグ確定。
ちゃぶ台返しを最小限に抑え込むには、これまでのデザインFIXの経緯をロジカルに説明し、「相手を納得させる構造」が必要不可欠です。

では、具体的にどのようにして説明会を乗り切ったのか。
私が現場で実践した、具体的なノウハウを紐解いていきます。

3. クライアントの理解を促す4つの「生存戦略」

🧠 ストーリー・準備編(ちゃぶ台返しをロジカルに防ぐ)

コツ1:新担当者の脳に刺さる「文脈の選択と集中」

新担当者の方々を交えてのミーティング。ここで絶対にやってはいけないのが、「いきなり完成したデザイン画面を見せること」です。
文脈(コンテキスト)を知らない状態で成果物だけを見せると、人はどうしても主観的で無邪気なフィードバックに走ってしまうからです。

デザイン画面は最後まで見せない。まずはデザインに至るまでの「ロジック」を共有し、新メンバーの方々と脳内同期を図るため、以下の6つのステップを順に踏んでいきました。
デザイン経緯説明の6つのステップ

  1. 要求定義の共有
    そもそもこのリニューアルで解決すべき、サイトの根本的な課題と果たすべき役割を再定義・共有しました。
    「誰のためにどんな体験を提供するべきか」の原点に立ち返るステップです。
  2. デザインコンセプトの説明
    このサイトで体現したい世界観、そのための具体的な機能・コンテンツを言葉とイメージビジュアルで解説します。
  3. サイトTOPページの役割再設計
    現行サイトが抱える「サイトTOPが入口として機能していない」という課題を突いた上で、リニューアルサイトではTOPページをただの看板ではなく「世界観のガイド役」へと進化させる、という設計思想を共有しました。
  4. 客観的なUI/UX評価とWEBアクセシビリティ対応
    私たち制作側の主観だけで進めていないことの証明として、第三者の専門家によるエキスパートレビューの実施、WEBアクセシビリティ(国際標準であるWCAG2.2 AA)の準拠にも配慮していることを説明しました。
  5. デザインシステムの構築
    同一クライアントの他案件でのデザインシステムを導入した成功事例をベースとして共有。その上で、本案件向けに最適化された実際のデザインシステムを紹介し、今後の運用効率や一貫性を担保する仕組みを紹介しました。
  6. 進捗の可視化
    最後に、「全体のどれだけがすでにデザインFIXしているか」を図解でマイルストーンとして共有しました。これにより、「今からひっくり返すと、どれだけ大きな影響が出るか」を暗に、しかし明確に理解していただきました。

コツ2:相手の温度感を察知し、ステップごとに「小さな合意」を握る

小さな合意を握る

一方的にこちらが喋り倒す「講義」になってしまっては意味がありません。
「なぜこのデザインになったのか」という経緯(Why)をクライアントが腹落ちしていれば、後から本質から外れた要求は出てこないはずです。

そのため、対面であれば会議室のリアルな空気感から、オンラインであればカメラ越しの表情やリアクションから相手の様子を細かく観察し、6つのステップの節目ごとに「ここまでの内容で、理解しにくい部分や引っかかる部分はございませんでしたか?」と、丁寧に確認を挟みました。

小さな違和感や認識のズレをその場で潰していくことで、後半の「デザインお披露目」の瞬間に向けて、お互いの前提知識(目線)をしっかりと揃えていきました。

🛠️ 戦術・テクニック編(1時間超の長丁場をハックする)

コツ3:相手の脳を疲れさせない「15分ごとのブレイク戦略」

話している自分も、聞いている相手も、一気にインプットするのは非常にしんどいものがあります。
実は「大人の人間が深く集中できる時間は15分」という科学的な研究もあります。
※引用:東京大学・池谷裕二教授×ベネッセコーポレーション共同研究「勉強時間と集中力に関する実証実験」より

そこで、前述の6つのステップを「前半15分(ステップ1〜3)」「後半15分(ステップ4〜6)」に分けて話すことを意識し、さらに各ステップの間に程よく「間」を空けることで、インプットの咀嚼と次の話を聞くための準備を促しました。

この前半・後半のブレイクタイムを作るために、実際に使ったキラーフレーズがこれです。

一旦水を飲ませていただきたいので、しばしご歓談ください

ブレイクタイム用のキラーフレーズ
意識的にこの「余白」を作ることで、場の緊張が和み、相手のリフレッシュにも繋がります。また、次に話すカンペの準備や自分自身の心を落ち着かせるうえでも大切な「余白」になります。

コツ4:スマートな進行を偽装する「画面共有と裏カンペ」の妙

対面の会議室でモニターに資料を映し出す場合も、オンライン会議で画面共有をする場合も、「あ、すみません、今別の資料に切り替えますね……」といったモタつきは、聞き手の集中力を容赦なく削ぎ落とします。

「場」をスマートにハックするため、当日は使用する予定の参考資料やプロトタイプをすべてブラウザ上で表示できるように手配しておきました。必要な資料をすべてタブ分けした「1つのウィンドウ」にし、映す順番に左から並べておくと、もたつかずに切り替えられます。

一方、ブラウザの裏側(共有・投影されていない、自分にしか見えない手元の画面領域)には「自分のカンペ」を出しておきます。
スマートな進行を偽装する「画面共有と裏カンペ」
このように、画面共有の切り替えをスマートに行いながら、カンペを丸読みすることでトークが流暢に聞こえ、相手も話が聞き取りやすくなります。

4. 得られた成果

この4つの戦略(コツ)によって、その後の各画面のデザイン再レビューにおいて、懸念していたちゃぶ台返しはほぼ起こらずに無事乗り切ることができました!

担当者がごっそり替わっても、どんな天からの啓示が降りてきても、丁寧なステップとちょっとした工夫でデザインの「意志」は引き継げます。

皆さんもカオスな引き継ぎや、絶望的なシチュエーションが発生した際に、ぜひこれらのコツをご活用いただけますと幸いです!