アイレットデザイン事業部デザイナーの梶原です。
アイレットデザイン事業部では「INSIDE UI/UX」と題して、所属デザイナーとエンジニアがデザイン・SEO・アクセシビリティ・UI/UXなどそれぞれスペシャリティのある領域に対する知見を幅広く発信しています。
今回は、人間中心設計(HCD)の基礎についてまとめられた「人間中心設計入門 HCDライブラリー0巻」の紹介と、読んでみての感想についてまとめました。
人間中心設計(HCD)とは何か
近年では情報化社会が進むにつれ、「ユーザビリティ」「デザイン思考」という言葉がいろいろなところで聞かれるようになりました。そのようなアプローチの基本となるのが「人間中心設計(HCD)」です。
一般的な定義として「人間中心設計(HCD)」とは、
利用者の特性や利用実態を的確に把握し、開発関係者が共有できる要求事項の下、ユーザビリティ評価と連動した設計により、より有効で使いやすい、満足度の高い商品やサービスを提供する一連の活動プロセス
(人間中心社会共創機構 公式サイトからの引用)
のことを指します。
商品そのものに限らず、商品を利用するための仕組みや、付加価値の提供などを通じたユーザ体験の全体を対象としています。
「HCDライブラリー」は現在は第3巻まで発売されており、今回紹介する0巻では「人間中心設計(HCD)」を初めて学ぶ人のための入門編として出版されました。
また、「HCD基礎検定」という資格試験の参考図書にも指定されています。私は3月にこの試験を受ける予定なので、基礎知識を固めるために今回こちらの書籍を購入しました。
「人間中心設計(HCD)」を実現するために
「人間中心設計(HCD)」は以下の4つの活動に分類することができます。
1. 利用状況の把握と明示
…ユーザーが何を求めているのか、またユーザーがどんな状況で使っているのかを知るためにユーザー調査を実施
2. ユーザーの要求事項の明確化
…ユーザー情報と企業の条件を考慮して、設計の要件を設定
3. ユーザーの要求事項を満足させる設計による解決策の作成
…目標を達成するためのアイディアを、プロトタイプによって視覚化
4. 要求事項に対する設計の評価
…アイディアが目標を満たしているのかを評価
これらのHCDの主要な4つの活動は、PDCAサイクルのように、単にそれを順番に行われるのではなく反復的に繰り返します。そうすることでより使いやすく、より魅力的な製品・サービスの開発を継続的に向上させていくことができます。このことを書籍では「HCDサイクル」と称しています。
「苦い経験」を少なくし、「うれしい経験」を豊かにする
製品を購入した際、 予想通りに動いてくれて安心したり、新しい機能や使い方を発見して楽しくなったりしたことが、誰しもあるはずです。
その反対に、予想通りに動いてくれなかったり、操作手順があまりに複雑で、覚えきれないといった苦い経験をすることもあるでしょう。
「人間中心設計(HCD)」は、こういった 「苦い経験」をできるだけ少なくし、「うれしい経験」をできるだけ豊かにしようとする設計への取り組み方です。
国際規格であるISO9241-210では、HCDに取り組むメリットとして下記の7つがまとめられています。
① ユーザーの生産性や組織の作業効率を向上できる
② 理解しやすく使いやすくなることにより、訓練やサポート費用が削減される
③ 多様な能力をもった人々へのユーザビリティを高めることで、アクセシビリティが向上する
④ ユーザエクスペリエンスが改善される
⑤ 不快感やストレスが緩和される
⑥ ブランドイメージを向上させるような形で競争力が付く
⑦ サステイナビリティという目標にも貢献する
これらのことを踏まえると、ただ単に『売れればいい』『売れるものを設計すればいい』と考えていたのでは「人間中心設計(HCD)」にはならないし、一時的に売れることはあっても長続きしないであろうことが予想されます。
ユーザーがその製品を使い始めて、その利便性にうれしさを感じ、長期間利用してもその利便性が低下しないことが大切です。
そのために、ユーザーの特性や利用状況をきちんと把握して製品づくりを行うことが、非常に重要であると改めて実感しました。
サイトリニューアルにおけるHCDの活用事例
本書では、既存の開発プロセスにHCDの考え方を当てはめ、HCD手法を取り入れてシステム・サービス開発を行なった事例についても紹介されていました。
その中の一つである「サイトリニューアルにおけるHCDの活用事例」について紹介します。
リニューアル前の課題:
国立のA研究所は予防医学協会のウェブサイトを運営しており、このサイトは所内の38名のエンジニアにより制作されていました。
ただ、このサイトから得られる情報は好評であるものの「使い勝手が悪い」とユーザーには不評でした。
ウェブサイトを点検した結果、 下の方にスクロールしないと必要な情報を全て見ることができない、あるいは探し出せないなどの問題があることが分かりました。
HCD手法による解決:
HCDの専門家は、まずリニューアルを行うチームメンバーの役割分担と成果物の計画を立て、 ユーザビリティ評価を実施することにしました。
評価モニターの選考については、 ウェブサイトにて「ユーザビリティ評価実施中」 の告知を行い、これに関心を示したユーザーから選抜し、 実験参加者を絞り込んでいきました。
参加者の19名全員が、この評価に関心の高いユーザーであったため、考えや思いついたことを声に出しながら操作する手法である「思考発話法(Think Aloud)」を実施することになりました。
ユーザビリティ評価の実施と成果:
サイトのユーザビリティ評価を行った結果、 大半のユーザーはウェブサイトの構造を理解できておらず多くのページやリンク先が閲覧されていないなど、あまり効果的に利用されていないことが分かりました。
HCDの専門家によって、社外の研究論文や国際標準なども参考にされながらウェブサイトは全面改修され、 新規の医療規格を告知する機会に合わせて、市場導入されることになりました。
読んでみて興味深かったのは、各企業には独自の背景や目的があり、それらを考慮したHCDが展開されていたことです。
HCDとは1つのアプローチがあるのではなく、活用する人達が工夫をして、自分の企業にふさわしいHCDにすることで、効果を発揮していることが分かりました。
また、同シリーズの第3巻「人間中心設計の国内事例」にて、より詳しく国内先進企業のHCDの活用事例についてまとめてあるとのことだったので、そちらも機会があれば読み進めていこうと思います。
読んでみての感想
「ユーザーのことを第一に考える」というのは一見当たり前のことのように聞こえますが、本書で学んだ「人間中心設計(HCD)」を踏まえると、その本質は非常に奥深いものなのだと実感しました。
というのも「人間中心設計(HCD)」は利用者の持つ特性や文化の違い等の、踏み込みづらい事項まで要求してきます。こういった考慮するべき点は、多様性が尊重される現代では際限がなく増えていくことが予想されます。
例えば、 コンビニエンスストアのATMを一つとっても、
・お年寄り
・車椅子を使っている人
・視覚障害のある人
・外国人
・妊婦
・コンピューターによる操作が不得意な人
といった年齢・性別・障害・民族などのユーザーの持つ特性や、
・対象とする地域の文化 (例:ATMを設置する場所の文化など)
・宗教的に考慮すべき言葉や色使い
・対象ユーザーがどのような嗜好や価値感を持っているか
などの個人とそれをとりまく様々な集団の文化、
・ユーザーの精神状態 (例:早くしたい、安全に使いたい)
・一時的状態 (例:荷物で片手がふさがっている)
・物理的環境 (例:狭い、すぐ後ろに人がいる)
・社会的環境 (例:コンビニエンスストアという公共的な環境)
などの状況や環境に関する多様性のように、多くの考慮するべき点を挙げることができます。
「人間中心設計(HCD)」は、デザインや設計だけでなく、仕事のプロセスや企業・行政の計画や戦略の策定、そしてイノベーションに向けた持続的な成長、社会課題への解決など、幅広い分野に貢献しうるメソッドとなってきていると感じました。
参考書籍
「人間中心設計入門 HCDライブラリー0巻」山崎 和彦, 松原 幸行, 竹内 公啓 (著)
https://www.kindaikagaku.co.jp/book_list/detail/9784764905061/